既に真っ暗になった空の下、煌々と電灯の灯る駅に降り立ち、彼は額の汗を豪快に一拭いした。
夜七時を越えて、多くの店が閉店してしまった商店街だが、帰宅を急ぐ人達が未だ多く通りを行き交っている。
リアは、もう一度、額の汗を拭うと、人波に紛れて歩き出した。


今日の仕事も大変だった。
特に最後に訪問した内科の個人医院では、いつものベテラン看護師達に囲まれて、散々にからかわれた。
いい歳して恋人はいないのか?
こんなにイケメンで立派な身体をしているのに、恋人がいないのはおかしい。
もしやアッチの趣味があるんじゃないのか。
そんな事を好き勝手にアレコレと言われても、リアは笑って誤魔化すしかない。
医師や薬剤師とする営業の話はスムーズに進んで終わるのだが、その前後で捕まる彼女達が何よりも厄介だった。
未だ止まらずに額から大量に流れ落ちる汗も、原因の大半は彼女達だとリアは思っている。


――カロン、カロン。


「いらっしゃい。おや? キミも随分と久し振りだね、リア。」
「あぁ、そうだな。」


リアが向かったのはディーテのバーだった。
仕事に疲れ、神経も疲弊して擦り減って、酒でも飲まなければやってられない。
今夜はどうしても一杯やらなきゃ気が済まなかったのだ。
しかし、店に着いてみると、予想外の先客が来ていた。
ココに入り浸っているらしいミロは兎も角、サガとカミュが居たのには驚いた。


「何だよ、リア。今日、お前が来るんだったら、昨日、俺がわざわざシュラにユニフォームを届けに来る必要なんてなかったじゃん。」
「スマン、ミロ。今夜は飲みに来る予定じゃなかったんだが、急に一杯やりたくなってな。」
「リアも大変だな。急に飲みたくなる程、仕事でストレスが溜まるとは。それとも、何か違う理由があるのか?」


カミュの言葉に無言で頷き、仕事のストレスを肯定するリア。
そんな彼に、ディーテが冷たいおしぼりを差し出した。
額から流れ落ちる汗が、どうやら暑さのためだけでなく、ストレスの元凶である仕事によるものだと思われたからだ。
リアは有難く受け取ると、汗だくになった額にそれを押し当てた。
ヒヤリ、冷えたおしぼりの感触が心地良い。


「昨日も話題になってたんだけど。リアは転職を考えても良いんじゃないのかい?」
「転職? 俺が?」
「そ、お前が。昨日、ディーテと話してたんだ。正直、営業マンって柄じゃないよなってさ。」
「そうか?」


ストレスは溜まりに溜まっていても、営業マンに向いていないのではないかとの考えには至らなかったらしい。
だが、横で聞いていたサガとカミュもウンウンと頷いているのを見て、自分が営業マンに向いていないと周囲の人達に思われているのだという事を、初めて知ったリア。
驚きで目を見開くと、皆が呆れの溜息を吐いた。


「リアは体育学科を出ていたのだったか?」
「あぁ、サガ。そうだが……。」
「そうか、リアはサッカーの強化選手だったね。だが、サッカーばかりやっていた訳じゃないだろう? 座学もある程度はあっただろうし、スポーツ科学とか、そちらの勉学はしなかったのか?」


それは勿論、卒業に必要な単位として、トレーニング科学や健康科学、栄養学など、アスリートに必要な知識を得るための講座は受講している。
だが、そもそもがサッカー特待生として推薦で入学した身。
練習以外の座学講義は、身を入れて受けてはいない。
半分、寝ていたようなものだ。


「それでも、基礎があるのとないのとでは大違いだろう。リアには基礎知識があるのだから、今からその辺りを学び直しても、遅くはないし、そう難しくはないんじゃないのか?」
「う〜ん……。だが、学び直したところで、どうすると……。」
「アスリート相手のトレーナーを目指すというのも、有りだと思うけど。キミなら向いてるんじゃないか、リア。」
「そうだな。まだ若いんだし、チャレンジも悪くないのだ。」
「う〜ん……。」


サガとディーテ、それにカミュと三人に畳み掛けられ、迷い出すリア。
これがミロに勧められたのなら一笑に付すのだが、相手がサガとなると説得力もあり、それが最もな意見であるように思えてくる。
どちらかと言えば優柔不断なリアは、彼等の言う通りなのではないかと、悶々と考え始めてしまった。





- 9/17 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -