店仕舞いを終えたサガが裏口から出てくると、通りで待っていたカミュが、すぐさま彼に合流した。
シュラの姿は既にない。
店の外に出ると直ぐに、二軒先の和菓子屋に向かって足早に去って行ってしまった。
その頭と尻に生えた、目には見えない透明な黒猫の耳と尻尾をパタパタとさせながら。


「あれは……、大好きな御主人様に甘えに行く大きな猫なのだ。」
「……は? 何の話だ、カミュ?」
「飛鳥の店に向かうシュラの後ろ姿に、猫耳と猫尻尾が見えていたのだ。」
「あぁ、シュラの事か。」


御機嫌なのは飛鳥に会いに行くからか、それとも、新作の和菓子が味わえるからなのか……。
サガはクスリと笑って、カミュの横に並んだ。
二人連れ立って向かう先は、近所にあるディーテのバー。
折角だし、飲みに行こうという話になったのだ。


――カロン、カロン。


サガの本屋が閉店する午後七時に、ディーテのバーは開店する。
まだ店を開けてから三十分と経たないという事もあり、客はカウンターに座る一人だけだった。
見た事のある後ろ姿だと思いながら、カウンターへと近付いていくサガとカミュ。


「いらっしゃい。キミが二日連続とは珍しいね。しかも、この組み合わせで来るなんて、もっと珍しい。」
「久し振りに会えたからね。飲みに行こうという話になったんだ。」
「あれ? カミュじゃん。」


店に入って来たばかりの客とディーテの遣り取りが気になって、クルリと振り返ったカウンターの男はミロだった。
どおりで見た事のある後ろ姿だと思った訳だ。
昨日も来ていて、今日も開店から居るとは、ココに入り浸っているのか?
サガのみならず、カミュまでも呆れの表情を浮かべる。


「久し振りだなぁ、カミュ。まさか、ココで会えるなんて思ってなかった。早い時間から飲みに来て良かったぁ。」
「耳……、尻尾……。」
「は? 何か言ったか、カミュ?」


カミュには見えていた。
目を輝かせて自分を見上げるミロに、もふもふ金毛のワンコ耳とワンコ尻尾がパタパタと揺れているのを。
先程のシュラが猫なら、こっちは犬。
しかも、御主人様が大好き! 甘えるのが大好き! な、人懐っこいモフ毛の大型犬だ。


「……何でもないのだ。」
「そう? 何だか怪しい気がするけど。」
「それより、ミロ。こんなに早い時間から、このような店に入り浸って。グダグダ・ダラダラしている暇があるなら、ちゃんと働きなさい。」


この時、カウンターの奥から聞こえてきた「フフフ。」という笑い声に、サガはハッとした。
ダラけるミロを叱るためとはいえ、経営者の前で『このような店』呼ばわりしてしまうとは、とんだ失言をしてしまった。
サガの端正な顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「気にしてないから良いよ。それよりもさ、サガ。説教したくなる気持ちは大いに分かるけど、余りガミガミ言わない方が良いと思うよ。まるでお父さんみたいだからね。」
「っ?!」
「あぁ、確かに。お父さんっぽいのだ。」
「そっかー。サガ、俺のお父さんだったかー。」


目を見開いて愕然とするサガを余所に、クスクスと笑い止まない三人。
嫁どころか恋人すらいない三十路の彼にとって、「お父さんみたい。」という言葉は、かなりの精神的ショックとなったのだった。





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