定時になると、そそくさと書類を片付け、シュラは会社を出た。
スポーツジムにも寄らず、真っ直ぐに駅へと向かい帰路に着く。
最寄駅の改札を抜ける頃には、かなり心が浮足立っていたが、それでも顔はいつもの無表情のまま、彼は歩を進めていく。
家であるディーテの店へ向かう道ではなく、商店街へと続く道へと足を向けたところで、思い掛けずに背後から肩を叩かれ、シュラはビクリと身体を揺らし、足を止めた。


「……シュラ。」
「っ?! あ、あぁ、カミュか……。どうした、こんなところで。」
「サガの本屋に行くところだったのだ。貴方は? こちらだとディーテの店とは方向が違うのではないのか?」
「飛鳥の店に寄る。」


ぶっきら棒に言い放ち、再び歩き出すシュラ。
あぁ、成る程と、得心したカミュは、その後ろに続いて歩いていく。
サガの本屋は、飛鳥の和菓子屋の二軒手前だ。
当然、向かう方向は同じになる。
それでこちらに向かって歩いていたという訳か……。


それから暫くの間、並んで商店街を歩き続けた二人。
通り過ぎていく店々から漂ってくるのは、夕食のおかずとなるような様々なお惣菜の匂い。
学生、サラリーマン、OL、沢山の人が行き交う中、長身イケメンの二人が連れ立って歩いていく姿に、擦れ違う女子高生達が次々と振り返っては、色目気立った視線を送る。
だが、そんな視線などには全く気付かず、シュラとカミュはポツポツと世間話を交わしながら、目的の場所へと向かった。


「絵画教室は休みなのか?」
「あぁ。今日は大学の講義だけだったから、久し振りに自由な時間が取れたのだ。」
「それで、わざわざサガの本屋に足を延ばしたのか。」
「私が興味を持ちそうな本が入荷したと、連絡を受けてな。」


カミュは絵画教師として、中高生相手のアートスクールを営んでいる。
その他にも、母校の大学から依頼を受け、週二回程、講師として西洋美術史の教壇に立っていた。
大学は午後の早い時間帯、アートスクールは学校が終わった後の放課後、夕方からのため、基本的にシュラ達サラリーマンとは顔を合わせる機会が少ない。
だからこそ、今夜の偶然の出会いは、非常に珍しいものだった。


「やぁ、いらっしゃい、カミュ。シュラも一緒なのか。珍しいな。」
「……俺はついでだ。」
「ついで? あぁ、そうか。飛鳥の店に向かう途中なのか。」
「すまない、サガ。もう直ぐ閉店なのだろう?」


カミュは申し訳なさそうに店の時計を見上げた。
時刻は午後六時半。
商店街の店は、飲食店を除いては、その殆どが七時には閉店する。


「まだ、あと三十分ある。ゆっくり見られる時間は十分にあると思うが。」
「だが、閉店準備もあるだろう?」
「折角のお客を急かすような事はしないよ。それに、閉店準備は星矢がやってくれる。」


言われて、レジにいた星矢が親指を上げ、ニッと笑ってみせた。
古書にはまるで興味はないが、働き者ではあるらしい。
若しくは、早く帰宅したいがために、万端に後片付けをしているだけなのか……。


サガがバックヤードから数冊の大型本を抱えて戻ってきた。
どれも美術関係の古書ばかりだ。
当然の如くカミュは目を輝かせて手を伸ばしたが、全く興味のないシュラは、あからさまに眉を顰めた。
そんなシュラの表情を見て、今度はサガがニッと笑う。


「……何だ?」
「いや、何でもない。それより、飛鳥に呼ばれて来たのだろう?」
「あぁ、そうだが……。」
「今日、昼に飛鳥が店に来てね。昔の和菓子の雛形本を買っていったんだよ。随分と目を輝かせて帰って行ったから、試作品でも作っているんじゃないかと。」


成る程、あの画像の和菓子は、サガから買った古書に刺激を受けて作ったものだったのか。
休日をゆっくりと過ごすより、新しい和菓子の試作に意欲を燃やし、没頭する。
如何にも飛鳥らしい、シュラはそう思った。





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