ピロリン、ピロリン♪


午後二時過ぎ。
少し遅い昼休みに、シュラのスマホが緩くて軽い音を立てた。
弁当を食べる手を止めずに、左手でスマホを操作してメッセージを確認するシュラ。
ちなみに、弁当はシュラ自身のお手製だ。
飛鳥がまだ惰眠を貪っている間に、朝食と共に作っておいた。


『仕事帰りにウチのお店に寄ってね〜。新しい和菓子があるよ〜v』


飛鳥からのラインを見て、薄らと口元がニヤけるシュラ。
次いで、もう一度、メッセージ音が鳴り、彼女が作ったのであろう和菓子の画像が送られてきた。
今まで見た事がない美しい花の形をした上生菓子。
シュラの口元に浮かんでいたニヤけた笑みが、更に深まる。
了解。
そう短く返信をして、シュラは弁当箱に残った最後のおかずを口の中に放り込んだ。


「……おい、アレ。シュラさんが笑ってる。」
「駄目だ、見るな。目が合ったが最後、とばっちりで殺されるかもしれないぞ。」


怪しい笑みを浮かべるシュラの様子を、同僚達が遠巻きに眺め、ヒソヒソと根も葉もない噂話をしているなど、彼は知る由もない。
あの無表情で強面なシュラさんが、口元を緩ませてメールを眺めている。
きっと暗殺の依頼メールが届いたんだ。
新たな殺しを想像して、笑みを堪え切れないんだろう。
裏の仕事は暗殺者だなんて、そんな事ばかり言われているなど、知らぬが仏だ。


「さて、と……。」


弁当を片付け、歯磨きをし、自分のデスクに戻ったシュラは、先程までニヤけていた口元を引き締めてパソコンに向かった。
明日の研修用の資料の最終チェックと、追加の資料の作成に、忙しく指先を動かしてキーボードを叩いていく。
人事部の仕事は採用や昇進、異動などを決めるばかりではない。
社員の評価や社員の管理、給料システムや福利厚生に至るまで、仕事内容は多岐に渡る。
その中でシュラが担当しているのが、社員研修・教育の分野だった。


新入社員が三ヶ月に渡って受ける新人研修、入社一年目の一年次研修、五年目の五年次研修、昇進して役職の上がった社員が受ける管理職研修などなど。
その他にも、希望者が受講するスキルアップ講座が多数。
マナー講座やクレーム対応講座、システム操作講座に、パワハラ・セクハラ防止講座、健康管理講座などまで多種多様な研修・講座が開かれている。
明日、シュラが受け持っているのがドイツ語の語学講座だった。
海外企業との取引も多い大手商社ゆえ、英語は勿論、他の言語も覚えておいて損はない。
EU諸国、特にドイツ企業との取引を重要視しているこの会社では、ドイツ語講座は常に抽選になる程、人気のある講座だった。


スケジュール表を開く。
明日の講座の受講者は五十人、一番大きな研修室を使う予定だ。
彼の母校の大学に勤めているドイツ人の講師を招いて研修を行う事になっているのだが、万が一、講師が予定を忘れていては困る。
後で、もう一度、念押しのメールを入れておこう。


アレコレと明日の事を考えながら、テキパキと資料作りを進めていくシュラ。
疲労の大きい木曜日でありながら、その指の動きは軽い。
仕事の後に待っているお楽しみ、飛鳥の作った和菓子を味わう瞬間を思うと、何もかもが軽やかに進んでいく気がしていた。
そんなシュラの口元、再び浮かんだ薄い笑みに、またしても同僚達は有りもしない妄想で、ヒソヒソ話を繰り広げるのだった。





- 6/17 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -