「では、行ってくる。」
「行ってらっしゃ〜い、気を付けてね〜。」


洗い物を終え、二度寝のためにベッドに這い上がった飛鳥が、その場から大きく手を振った。
シュラのTシャツを着たまま寝る気なのか、笑顔で手を振りながらも、足はモゾモゾとタオルケットの中に潜り込ませようとしている姿を見て、シュラはクスリと笑い部屋を出た。
パタンと静かに閉まるドア。
さぁ、仕事に行こうと廊下を歩き出そうとした、その時……。


「しゅ〜……、ら〜……。」
「っ?!」


ドアの外に出たところで感じた、おどろおどろしい視線。
ビクリとして振り返れば、斜め横のドアが薄く開き、そこからギロリと鋭い瞳がシュラを睨み上げていた。


「何だ、デスか。もう八時だ、仕事に遅れるぞ。」
「ウチの会社はフレックス制、十一時までに出社すりゃイイんだよ。」
「だからといって、朝から、その寝不足を顔面に貼り付けた表情は、社会人としてどうなんだ?」
「あぁ? 誰のせいで寝不足になってンだと思ってンだよ?」


それまで細くしか開いていなかったドアの内側から不機嫌光線を浴びせてきていたデスが、バタンと強くドアを開け放ち、シュラに掴み掛からん勢いで飛び出してきた。
その姿はTシャツにハーフパンツの就寝時スタイル、顔はゲッソリ、目の下にはクマ、クッキリ真っ黒なクマ。


「酷い顔だな。」
「ヒドい顔にした原因はテメェ等だろ。平日のど真ん中からイチャイチャあんあん、イチャイチャあはんうふんシやがって、この性欲魔人め。発情期か? あ?」
「何だ、欲求不満か。いや、羨ましいのか?」
「違ぇよ! そういう事は、隣人への迷惑を考えてヤレっつってンの! ホテルに行け、ホテルに!」


開いた時と同じくバタリと強くドアが閉められ、デスの姿は部屋の中へと消えてしまった。
シュラは大きな溜息を吐き、やれやれと肩を竦めて歩き出す。
外に出ると、朝の光がキラキラと眩しかった。
こんな爽やかな朝に、苛々・ガミガミと煩いヤツだ。
しかし、デスの訴えも分からないではない。


とはいえ、昨夜の飛鳥の来訪は突然のもので、そもそもの予定にはなかった。
急な訪れに対し、わざわざホテルに出掛けて行くのもどうかと思うし、彼女は夕食も用意してくれていた。
ならば、外出する理由は何処にもない。


かといって、飛鳥が望んだようにエッチな行為に及ばないというのは到底、無理だった。
シュラと飛鳥の休みは基本的に重ならない。
飛鳥がシュラの部屋に泊まれるのは、彼女の休前日である日曜日の夜だけ。
しかし、体力自慢のシュラにとっては、週一の逢瀬だけでは物足りないばかりだ。
だが、朝早くから店で和菓子を作り始める飛鳥に無理強いは出来ない。
せめて飛鳥に、もう一日だけ休みがあればな……。
このままでは、彼女と結婚したとしても、ほぼ毎晩、悶々として、逆に自分が寝不足になりそうだ……。


「こういう事は、朝の通勤中に考えるべきではないな。」


一瞬だけ周囲を歩く人達が自分を変な目で見ているんじゃないかと思い、シュラはキョロキョロと辺りを見回した。
が、それも気のせいだったらしい、シュラは再びノシノシと力強く歩き始めた。


一方、その頃。
シュラが出て行ったバーの建物の中では、一階の私室の中でディーテが、二階のシュラの部屋で飛鳥が、そして、その隣の部屋では、その部屋の住人デスと、結局、閉店まで飲み続けたミロの二人が、深い眠りの世界に沈みこんでいた。





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