シュラの部屋を後にしたミロは、再び階下のバーへと戻った。
甘党彼氏と世話焼き彼女の砂糖塗れの甘さに当てられ、まずは喉を潤したいと水を一杯もらって飲み干し、それから、ドライマティーニを注文した。
甘い酒は、もう胸いっぱいだ。


「シュラは相変わらずだったか?」
「相変わらずだねー。マイペースで、強面で、甘党で、ムッツリ。」
「ムッツリか、ハハッ。」


カウンターには客が増えていた。
シュラの部屋へと上がっていく前までミロが座っていた席には、穏やかな笑みを浮かべた落ち着いた雰囲気の男が陣取っていた。
スーツではなく、シックながらラフな服装の彼は、大学の教員あたりを思わせる大人の男の印象を接する人に与えている。
如何にも大学で教鞭を執る姿が似合いそうだが、実際のところ、彼の職業は大学教授でも何でもなく、ただの小売店の経営者だった。


「随分とココに入り浸っているそうじゃないか、ミロ。」
「だってさー、暇なんだよ、暇。ま、それも今だけなんだけど。」
「暇ならば、たまには私の店にも顔を出してくれれば良いものを。」
「俺、古書には興味ないもんなぁ。行っても面白くないし。」
「そうハッキリと言ってくれるな。」


ハハハッと笑って、ミロの直球な拒否を受け止められる彼は、やはり大人だ。
ゆっくりとグラスを傾け、じっくりとカクテルを味わう姿は、若いだけの男にはない熟成された色香すら醸し出している。
あっという間にグラスを空にしてしまったミロは、横目でチラチラと男の様子を窺いながら、自分が後八年、年を重ねても、この男のような落ち着きと色気は出せないだろうと思っていた。
裸体の美しさで世間を虜にしているモデルでありながら、一介の商売人の色気に劣るとは……。
ミロはカウンターに突っ伏してガックリと脱力した。


「サガさぁ。何で大学に残らなかったの?」
「……ん?」
「大学に残っていたら、今頃は准教授、ゆくゆくは教授になれてたんじゃないの? もしくは起業して会社を起こすとかさ。サガなら年商ン百億も夢じゃなかったろ。」
「そうは言っても、私は今の仕事が何より好きだからな。自分の好きな事・自分の趣味を仕事に出来るというのは幸せな事だよ。」


落ち着き度でも勝てない、色気でも勝てない。
そして、口でも勝てない。
きっと論理や理屈なら、もっと勝てないのだろう。
ミロは更に脱力して、額をゴツッとカウンターに押し当てた。


「サガは弁護士が向いてたんじゃない? ミロがぐうの音も出せなくなってる事だし。」
「しかし、私は歴史学が専攻で、法学部卒ではないぞ。」
「入り直せばイイじゃん、法学部に。天下のT大出だろ? 余裕じゃん。」


殆どやけっぱち状態で、突っ伏したままサガをジト目で見上げるミロ。
それを見て、ディーテはクスクスと笑い、サガは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。
二十六歳にして子供のようなミロは、そこが可愛らしいところで、そこが皆に好かれる理由でもある。
困った駄々っ子のように思えても、何処か憎めないのだ。


「この年齢から大学に行き直すのは流石にキツいよ。それに古書店を閉める気もサラサラないしね。」
「キミは本当に古書が好きなんだね、サガ。」
「私の生き甲斐だからな。」


ニコリと微笑んだ顔は、神々しさすら感じさせる程に眩しい。
凄い男だなぁ、サガは。
男前で、色気もあって、日本最高峰の大学を首席で卒業した高学歴で、それでいて古書店経営を好きな事だと言い切り、それを仕事に出来るのは幸せだと、胸を張って言えるとは。
しかしながら、その地味過ぎる生き甲斐のために婚期を大幅に逃してしまっているというのは、全くもっていただけないよな。
そうミロは心の中でだけ思っていた。
口に出せば、どうせ上手い言い訳を並べられて、言い包められるだろうと分かっていたからだった。





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