プチフール的夕暮れの帰り道(山羊座)
2023/02/05 01:47


「山羊座様、お帰りなさいませ。任務、ご苦労様です。」


聖域の正面入口に当たるゲート。
見た目には簡素だが、しっかりと結界の施された門を潜り抜けると、門番を勤める雑兵に声を掛けられた。
正面入口、つまりは、守りの最前線。
門番には、聖闘士になれなかったとはいえ、青銅聖闘士に限りなく近い実力を持つ雑兵達が選ばれている。
役目としては一番大変なところだ。
俺は労いの意味を籠めて、時々、彼等に菓子などの差し入れをしていた。


「任務先で買ったものだ。皆で分けてくれ。」
「有難う御座います、山羊座様。ですが……。」
「ん?」


何かを言いたげに、だが、言葉を飲み込む門番。
恐る恐る指を向けた先を見遣ると、十二宮へと続く緩やかな石段の途中に、何と飛鳥が座っていた。
もう夕方、もう直ぐ陽も落ちようとしている時間に、どうしてこのようなところにいるのか?
予想外の事に思わず硬直してしまった俺の横で、苦笑いを浮かべた門番は、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。


「今日は飛鳥様に、それはそれは美味しそうな菓子を頂いてしまいましたので。これ以上は、頂き過ぎになるかと……。」
「あぁ、そうだな。そうかもしれんな……。」


ならば仕方ない、これは持って帰るとしよう。
別に俺が間食として食っても良いのだ。
それよりも飛鳥……、何故、こんなところに居る?


「飛鳥。どうした、こんなところで?」
「あぁ、シュラ。お帰り〜。もう直ぐ帰ってくる時間だろうと思って、待っていたの。夕方には任務から戻ってくるって、言っていたでしょ。」
「そうだが……。」


見上げれば沈みゆく夕陽で、聖域の石段も、飛鳥の小さな顔も、淡い赤に染まっている。
穏やかに吹き抜ける風は、山の中特有の寒気を含み冷たい。
この寒い季節、いつ帰還するか分からぬ俺を、こんな野晒しの場所で待つなど、風邪を引く結果になるだけだろうに、何を考えているのか。
ゆっくりと立ち上がった飛鳥に向かって、俺は少しだけムッとして言った。


「ディーテがロドリオ村に用事があって、五時に戻ってくる予定なの。それまでにシュラが来なかったら、ディーテと一緒に帰るつもりだったんだよ。風邪を引くほど長居はしません。」
「本当か?」
「疑い深いなぁ、ウチの山羊さんは。」


門番に続いて飛鳥も苦笑いを浮かべ、夕暮れに染まる石段を上り始めた。
五時までは、あと十五分もある。
この寒空の下では、それだけでも相当に身体を冷やしてしまうだろう。
俺が現れるまで、どのくらいの時間を待っていたかは知らぬが、早く暖かな部屋に戻った方が良い。
そう思い、彼女を抱えて移動しようと、腕を伸ばした瞬間だった。


「ダメダメ、勿体ない。」
「……勿体ない? 何が、だ?」
「前、見て。誰もいないでしょ。後ろ、見て。門番さんも、もう見えないでしょ。」


飛鳥に促されるまま前後を確認する。
誰の姿も見えないし、気配もない。
しかし、それが何だというのか。
小首を傾げたままでいると、飛鳥がスッと手を差し出してくる。


「折角、誰も居ないんだから、手を繋いで歩くチャンスじゃないかな?」
「……。」
「誰か来たら、直ぐに離しても良いから。ね。」


手を繋いで帰りたい、そういう事か……。
いつもならば即座に拒否するところだが、不思議と、この夕暮れに染まる景色の中で、それも悪くないと思えてしまう。
今日は、今日だけは特別に、彼女の願いを叶えてやっても良いのかもしれない。


そっと飛鳥の手を取り、握り締める。
慣れない行為に、まるで十代の少年のように心臓がドキドキとするのが分かった。
全く……、何なのだろうな、これは……。
仄かに温かな飛鳥の手と、真横に並んで見上げてくる彼女の二パッと浮かべた笑顔に、ほっこりと心の中も暖かになっていく気がした。



染まる頬は夕暮れのせいだけじゃない



(早く進んでくれないかな、バカップルさん達。このままだと陽が暮れてしまうよ。)
(っ?!)
(ディーテ?! いつの間に後ろに居たの?!)
(二分ほど前からだけど。気付いてなかったのかい、シュラ?)
(な、何という失態だ……。)


***


この後、山羊さまは夢主さんを抱えて、光速ダッシュで自宮に戻ったと思われますw
勿論、お魚さまも光速ダッシュで追っ掛けるけどねw
そして、暫くの間、「俺とした事が、全く気付かなかったなんて……。」と、鬱になって落ち込んでると思います、山羊さまwww


‐‐‐‐‐‐‐‐

([←]) * ([→])

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -