聖域リーマン物語55
2022/08/15 02:25


「ふう……。」


自分の部屋に戻ったシュラは、明かりを点けると同時に、小さく息を吐いた。
まだ酔っていないと言い張って飲み続けてはいたが、自分が思っていた以上に酒量が増えてしまっていたかもしれない。
まだ明日も仕事がある、今夜は早く寝てしまうのが良いだろう。
シュラはシャワーで一日の汗を洗い流すと、夕食の代わりに軽くお茶漬けを啜った後、真っ直ぐにベッドへと向かった。


目を閉じ、夢の世界に落ちる前に思い浮かぶのは、あの日の彼女と過ごした夜の事。
初めてベッドを共にした日、真夜中に目が覚めたのは、自分の身体に腕を回していた飛鳥による強い締め付けのせいだった。
彼女の申告した通りの事が起き、シュラは息を飲んだ。
確かに、その締め付けは強く、苦しくは感じたが、それ以上に飛鳥の荒い呼吸と苦しそうな寝顔を見て、シュラは息が止まりそうな気持ちになった。


今、彼女の夢の中では、あの日の光景が、両親が事故に遭った瞬間が繰り返されているのだ。
それを思うと、自分が受けている締め付けなど大した事はない。
シュラはゆっくりと息を吐いた。
それから小さく肩を揺すると、飛鳥が薄く目を開く。
その目は直ぐに閉じられたが、荒い呼吸と苦悶の表情は消えていた。


そうか、こういう事だったのか……。
目の当たりにして初めて分かった事、話を聞いただけでは分からなかった事。
飛鳥には、傍にいる誰かが必要で、その誰かは自分でなければ駄目なのだと、シュラは強く思った。
自分であれば、彼女のどんな強い締め付けにも耐えられるだろう。
耐えられなくても、耐えてみせなくてはならない。
飛鳥のトラウマを受け止め、これから続く長い日々を越えていくためには……。


シュラは閉じていた瞼を開いた。
真っ暗な闇の中、部屋の白い天井だけが視界に映る。
今頃、飛鳥は自分の匂いが染みついた枕を抱いて寝ている事であろう。
共に過ごせない夜は、そうして心を落ち着かせ、悪夢を退けて眠る。
今夜は悪夢に苛まれていないだろうかと、考えるだけで胸がザワリと冷え、それを打ち消すようにシュラは寝返りを打った。


もう少し早く彼女と出逢えていればな……。
飛鳥が恋愛で辛い思いをする事は、防げていたかもしれない。
そして、自らも恋とは何かを探すために、好きかどうかも分からない相手との愛のない行為をする事もなかっただろう。
だが、自分と彼女を繋いだのは、和菓子の縁だ。
大学生の自分と、高校生の飛鳥では、偶然でも出逢う機会すらなかった。


シュラは再び寝返りを打った。
直ぐ近くの距離に住んでいながら、毎夜、共に過ごせないのが切ない。
溜息を一つ吐いてから、ギュッと目を瞑る。
瞼の裏の暗い闇の中に彼女の姿を、その白い肌と華奢な肢体を思い浮かべながら、シュラは徐々に眠りへと落ちていった。


(つづく)


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