プチフール的昨夜の名残(山羊座)
2022/03/25 23:59


「あああああああっ?!」


悲鳴にも似た叫び声。
寝室から聞こえてきた、その声に、何事かと重い腰を上げる。
覗き込んだ部屋の中では、飛鳥が何度も振り返り振り返りしながら、目の前の姿見に映る自分の姿を確かめていた。
目に薄っすらと涙を溜め、短い襟足の髪の下の白い肌を、何度も擦り上げている。


「どうした?」
「どうした……、ですって?!」


ゆっくり近付きながら訊ねると、飛鳥は涙目のままキッと俺を見上げてくる。
どうやら、あの叫び声の原因は俺らしいが、どうにも心当たりが……、あるような、ないような……。


「見て! これ!」
「ん? 何だ?」
「ここ! これ!」


飛鳥はクルリと背を向けて、先程から何度も擦り上げている首筋を指差す。
華奢な彼女に良く似合う、ポートネックのワンピースから覗く白いうなじ。
そこには見覚えのある赤い痣が……。


「赤くなっているな。虫にでも食われたか?」
「ええ、そうですね! すっごく大きくて重くて黒い毛の生えた山羊さんみたいな虫ですけど!」
「ほう? 季節外れな時期に、そんな大きな虫がいるのか。俺も気を付けねばな。」


ワザとすっ呆けて、そんな言葉で返したところ、飛鳥の両目が更にキリキリと吊り上がっていく。
そんな怒った顔も愛らしいではないか。
内心でニヤニヤしつつ、飛鳥のキュートな怒り顔を見下ろし、俺は昨夜の事を思い出していた。
刺激的な行為の中で、嫌がる彼女の抗議を無視して、何度も白い首筋にキスをした。
そうか、嫌がっていたのは、このためか。
鎖骨のラインに沿って襟ぐりが大きく開いたワンピースでは、首筋に散った花弁は大いに目立つ。


「今夜辺り、凶暴な噛み付き虫に歯形でも付けられるかもね!」
「ほう、それは楽しみだ。ならば、飛鳥は更なる虫刺されに気を付けた方が良い。」
「えぇ、気を付けますとも! 大いに気を付けます!」


飛鳥の怒りは鎮まるところを知らない。
フルフルと身体を震わせ、俺を睨み続けている。
そもそも俺以外の男と出掛けるのに、そのように粧し込む必要もあるまい。
首筋の痕など、気にする事などないのだ。
いっそ見せつけてやれば良い。
どうせアフロディーテと買物でも行くのだろう?


「今日は沙織さんとデートなんですけど?」
「……何っ?」
「ちゃんと伝えたよ、私。沙織さんとお出掛けするからね、って。」


途端に全身の穴という穴から冷汗が噴き出た。
女神とデートなどと、聞いていたか?
記憶にはないのだが、飛鳥がそう言っているのだから、伝えられてはいたのだろう。
どうせまたアフロディーテとショッピングなのだろうと、なおざりに聞き流してしまっていたのだ。


「飛鳥……、ワンピースなら、あれが良いのではないか? 白地に黒い水玉の……。首元にリボン結びするヤツで……。」
「あぁ、あのボウタイワンピ。確かに、あれだったらボウタイ部分が首に掛かるから、うなじの痣も隠れるかも……。」
「ココに仕舞ってあったぞ。皺が寄っているな。俺がアイロンを掛けてやろう。」


他の黄金達なら兎も角、飛鳥のうなじに散った赤い花弁を、女神に見咎められては大変だ。
飛鳥には支度を促し、俺は慌ててアイロンを手に取る。
女神の名を聞いた途端に態度が変わった俺を、ジトーッと訝し気な顔で見遣りながらも、飛鳥は何も言わずに着替えを始める。
しかし、その黒い瞳は、これに懲りて、これからは適当な相槌や、聞こえている振り、聞いている振りはしないようにと、厳しく俺を責めているようだった。



恋人の言葉を聞き流してはいけません!



***


他の男とのお出掛けだと思い込んで、ワザと痣を残した嫉妬山羊さまですw
買物ならば俺は無理だと言っておきながら、魚さまと出掛けると不機嫌になるという(苦笑)
そんな山羊さま、好きですw


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