プチフール的バレンタインの贈り物(山羊座)
2022/02/12 01:43


帰宅したのは午後五時を少し回った頃。
自宮のプライベートな空間へと続くドアを開けた刹那、ブワッと流れ出てきたのは、甘いスイーツの香り。
飛鳥の作る焼き菓子の、まだ熱を含んだ甘ったるい匂い。


この時間に、焼き立ての菓子の匂いとは珍しい。
飛鳥はいつも午前中に菓子作りを行う。
女神の頼みで、ハロウィンのクッキーやクリスマスの焼き菓子などの、大量の依頼を受けない限りは、こんな時間に菓子を作る事など滅多にないのだ。


「あ、シュラ。おかえり〜。」
「フィナンシェか。珍しいな、こんな時間に。」
「今日は午前中にね、市街に買物に出掛けてたの。付き合ってくれたディーテが、午後からは用事があるからって。」


アフロディーテと買物か。
恋人の俺を差し置いてという思いと、多少の腹立たしさはあるが、有難い気持ちの方が強い。
正直、飛鳥自身の買い物、女物の服や小物などを見て回るとなると、俺では戦力にならない。
というか、一緒に行きたくないという方が正しい。
肩身が狭く、居心地が悪くなって、途中で逃げてしまうのが常だ。


「さて、と。後は冷めるのを待つだけ。」
「味見は?」
「まだ駄目。ちゃんと冷めてからじゃないとね。出来立てホカホカだと、味が馴染んでないから。」
「そう、か……。」
「そんな残念そうな顔をしないで、シュラ。」


味見をお預けにされて、明らかに俺の眉が下がっていたからだろう。
飛鳥が俺の顔を見ながらクスクスと笑う。
そんな風に笑ってくれるな。
いつもなら帰宅後直ぐに味わえる飛鳥のスイーツが、今日に限ってお預けとなれば、残念に思うのも当然じゃないか。


「そんなシュラには、はい、これ。バレンタインのプレゼント。」
「……ん? バレンタイン?」


渡された袋は綺麗にラッピングされている。
しかし、重さ的にも大きさ的にも、菓子ではない。
勿論、チョコレートでもない。
飛鳥に「開けてみて。」と言われて、素直にリボンを解くと、中から出てきたのはメンズのニットだった。
しかし……。


「何故にレモンイエロー?」
「今年のラッキーカラーだって。良いでしょ、たまには明るい色も。」
「俺には似合わんだろう、こんな派手な色の服は。」
「大丈夫だよ。ちゃんとディーテと私で吟味して選んだんだから。」
「しかし……。」


こういう色は、俺みたいに地味な男ではなく、もっと派手で目立つヤツが着た方が似合うと思うのだが。
例えば、ミロとか、アイオロスでも良い。
俺は、もっとこう……、濃いグレーとか、深い緑とか、暗いブルーとか、黒とか、そういう色じゃないと合わないのではないか?


「ミロやアイオロスさんに合うのは、もっと明るくて派手な色だと思うけど。ビビッドな黄色とか赤とか、いっそオレンジとか。こういう淡い色は、地味な人が着た方が似合うんだって。」
「俺が地味だというのは理解しているんだな……。」
「シュラは暗い色味が多過ぎるの。いつもモノトーンばかりでしょ。地味とはいえ、スタイル抜群の超絶イケメンなんだから、本来はどんな色だろうと似合う筈なんだよ。」


モノトーンばかりという自覚はあるが、それで十分に満足している。
今更、新しいものにチャレンジする必要性も感じていない。
そんな俺が、無理にレモンイエローの服を着るのは、どうなんだ?


「折角、一生懸命に選んだのに……。そんなに全力で拒否しなくても……。」
「い、いや、そんなつもりでは……。」


途端に、悲しい顔をしてみせる飛鳥に、慌てふためく俺。
彼女を悲しませるつもりはなかったのだ、勿論、泣かせるつもりなど、もっとない。
仕方ない、ここは覚悟を決めて、この冬はレモンイエローのニットに挑戦するか……。
しかし、俺の脳裏に一瞬、ニヤリとほくそ笑んだアフロディーテの顔が横切り、思わず溜息が零れ出たのだった。



彼女の機嫌を損ねてはならぬ



(ちなみに、私のニットはコーラルピンクね。この色も今年のラッキーカラーなんだって。)
(お前は何を着ても似合う、何色でも可愛い。だが、俺はな……。)
(だから、自分を卑下し過ぎだって、シュラは。大丈夫、似合うから!)


***


今年のラッキーカラー、アメジストパープルか、コーラルピンクか、レモンイエローか、迷った挙句、レモンイエローを山羊さまに着せよう!と思って書きましたw
いや、そもそも明るい紫とピンクは無理だと思ってましたけどね。
暗い紫なら兎も角、淡くて明るいパープルは無理でしょう。
でも、山羊さまさえ我慢してくだされば、十分に似合うと思うんですけどねw


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