重ねた嘘はいつもやさしくて
決して新しくない安めのアパートの冷たい扉がギギ…と音を立てて開いた。玄関からは外のヒンヤリと冷たい空気が入り込み、裸のつま先に触れる。
「あ…。」
ほんのりと赤く染まっている頬。もうすっかり寝息を立てているはずだとばかり思っていた私と目が合うと、カラ松は口を開けて間の抜けた顔をした。
「もう、3時だぞ…?」
「もう、3時なんだけど」
繰り返すように言い返して、立ち上がると未だに玄関で立ち尽くしているカラ松に近付いた。縒れたスーツ、寝不足の目元。カラ松の首筋に顔を近付け、スンと鼻を鳴らしてみる。アルコールとキツめの香水。このニオイのするカラ松は好きじゃない。
「遅くなった、すまない」
「別にいいけどね」
カラ松が手にぶら下げたビニール袋からはコンビニスイーツが見えた。
「なまえのはモンブランな」
袋の中を覗き込むわたしに気が付いたカラ松が微笑んでそう言った。うんと頷いて袋を奪うとそのままカラ松の手も掴んで部屋の奥まで引っ張る。
「あ、あのな今日は先輩が飲みに行こうって言うから…断れなくて…、ごめんな」
焦ったようにそういう。
「別に疑ってないよ。他の女の子と飲んだりとかー?してないよね」
見るからに顔を引きつらせるカラ松。演劇をやってたのに嘘をつくのがへたなのね。カラ松はホストクラブで働いている。そしてそのことを彼女であるわたしには隠しているのだ。もちろんわたしにはそんなことバレているけれど、彼女の脛をかじってずっと生活しているのも男としてあまり気分のいいものでもないだろうと思い、そんな仕事やめてしまえとは言いきれずにいる。
「おいしいね、ケーキ」
「うまいか!そうか!」
心底嬉しそうにカラ松が笑う。自分は少しもケーキに手をつけず、わたしが食べるのをただただ嬉しそうにしばらく見ているのがいつものカラ松だ。わたしにお小遣いを貰うことなく自分で働いて貰ったお金で買い物をしてきたものをわたしが食べている様子が嬉しいんだろう。そんなキラキラした目をしたカラ松を見ていると尚更、そんな仕事は…なんて言えなかった。
あのね、カラ松。わたしカラ松が無理して働こうとしなくてもいいと思ってるよ。わたしに貰ったお小遣いでパチンコに行って、それでも勝った時にはまっさきにわたしの好きなブランドのお店に出向いて、前からわたしが気になっていた財布を買ってきてくれるところとか、他の兄弟達とお酒を飲んで帰ってきても必ずフラフラの足でコンビニに寄って、わたしの好きな高めのアイスを買ってきてくれたりするところとか、そういうところがだいすきで、そんなふうにこれからも一緒に居たいんだよ?
わたしの精一杯の気持ちは言葉にはならずにため息として吐き出された。まだケーキを1口しか食べていないカラ松がテーブルに突っ伏してそのままスヤスヤと寝息を立て始めていたからだ。いつもはかっこつけているけれど、黙ってしまえばなんとも幼い顔立ちをしている。こんな顔でお客さんがつくのだろうか。つくだろうな、こんなにかっこいいんだから。そっと彼の頬を撫でると、くすぐったそうに身をよじった。
「おやすみ、カラ松。明日もお仕事がんばろうね」
そっとカーペットに体を倒して、上から毛布をかけ、わたしもその隣に横になった。
ーーーーーー
次の日も当然のように日が沈み出した頃カラ松は出勤の準備をはじめた。
「カラ松、行っちゃうの?」
振り返ったカラ松がじっとわたしの目を見つめた。
「大丈夫だ。俺はお前のものだから」
カラ松は本当は気付いているんじゃないか、わたしが気付いていることだって、不安に思っていることだって。それでも自分を犠牲にして働いてくれているのかもしれない。好きな女以外の人とお世辞を言ってお酒を交わすなんて、気持ちのいいことのはずがないもんね。
「行かなくていいのに」
ついつい声に出してしまった。眉間に力が入っているのを感じる。
「私が働くから、いいのに」
「子猫ちゃん」
カラ松の唇がそっとわたしのおでこに触れた。
「可愛い顔が台無しだぜ?」
「カラ松……」
「大丈夫だよ。帰り、遅くなるから先に寝てていいからな」
そのまま頭をわしゃわしゃと撫でられ、カラ松はネクタイを締め直すと玄関に立った。
「いってきます!」
カラ松は今日もネオンの光る夜の街に紛れていく。

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無限少女さまに提出させて頂いています!
素敵な企画ありがとうございました。
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