ふたりきり
「なんだか、最近暖かくなってきましたね?」
普通に話しかけてくるので無視をした。なぜそんな意地悪のようなことをするのかと言われると、いま俺の周りでは残りの兄弟たちが揃ってちゃぶ台を囲っているから。恥ずかしいのかと聞かれればそういうわけでもないが、強いて言うなら仲良くしているところを見られると困るという言い方が正しいだろう。
「どうして無視するんですか、カラ松さん?」
そう言う少女のほうに顔をあげると、口をムッと結んで不機嫌をあらわにしていた。
「ひどおーいですね」
なまえがぷいっと顔を背け、消えた。そう、文字通り消えた。無言の俺と、宙に浮く少女の喧嘩には誰も気付かない。なまえは幽霊だ。そして俺にはなまえが見えている。

ーーー

「なまえ、すまなかった、俺が悪かったよ、話をしよう?」
壁のすみのほうをキョロキョロと見上げながら俺が言う。何も見えなかった壁に1人の少女が現れた。
「もう、お話してくれますか?」
さっきまでは怒った表情をしていたなまえは今度はしょんぼりとしてふわふわと弱々しく宙に浮いていた。
「ああ、すまなかったよ。でもななまえ、ブラザーたちがいるときは話しかけられても困るとあれほど言っただろ?」
「もーべつにいいじゃないですか」
「よくないぞ。また馬鹿にされるのは目に見えてる…」
なまえは幽霊で、もう死んでいて
。俺はそんな幽霊のなまえが見えた。見えるようになったのはある日の夜。憔悴しきって、俺なしで家に帰っていく残りの5人を見つめ、松葉杖をついていた。後から追いかける俺の存在にも気づかず、遠くに見えなくなったアイツらをもう追いかけることはやめようと足を止めようとした時だった。「大丈夫ですか?」そっと背中を支えられた。それがなまえだった。すみません、と手を借りようとした時、俺の手は彼女の肩をするりとすり抜けた。目を見開いたまま固まっている俺に少女は困った顔をした。
「そうなんですわたし。ごめんなさい、驚かせましたよね」
少女が手を伸ばして俺の手を掴む…掴もうとしてすり抜ける。俺は唾を飲み込んで、ふうと息を吐いて、大丈夫、怖くないよ。と彼女の手を掴んだ。掴むかのように、添えた。一目惚れだった。一目惚れの相手がもう死んでいるだなんて人が聞いて呆れるような話だ。俺はその場でなまえに思いを伝えることになる。なまえは目を丸くして「順番が逆ですよね」そう言って笑うと、名前を教えてくれた。
それからかれこれ一ヶ月。なまえは俺の他の誰にも気付かれることなく松野家をうろついている。
「なまえ、おいで」
ちょっと嬉しそうな顔をして、なまえがふわりと寄ってきた。俺の肩のあたりに顔をよせて甘えてくるのでなまえの顔をよしよしと撫でてやる。
「カラ松さんすきです」
とろけきったなまえの顔。俺まで口元がだらしなくなって、微笑んだ。
「俺もだよ」
途端襖が開いた。
「カラ松何1人で喋ってんの?」
怪訝そうな顔をしたおそ松とチョロ松がそこには立っていた。なまえを見ると慌てた様子で俺から離れ、3人の同じ顔をかわりばんこに見ていた。
「あ、いや、あの…」
「あれでしょ、またなんか1人で痛いセリフの練習的なやつでしょ?」
「そうそう!それだ!」
ははは…。ばかにされながらもなんとか一番悪い展開は免れたようで乾いた笑いが漏れる。
「カラ松〜もういいかげんにしなよ〜。職にもつけず独り言とかお兄ちゃん心配だよ?」
すぐそばでおそ松とチョロ松が会話をはじめたので壁を見上げるとなまえはほっとした様子で浮いていた。
「カラ松さん危なかったですね〜」
なまえには触れない。どんなに愛しく思っていても。それでもこの質の悪い兄弟たちにこの子が見られないのだからこんな関係も悪くないかななんて思いながら声には出さずになまえに微笑みかけた。
*<<
TOP