妹がアイドル
「おまえにゃーむりだよ」なんてふざけて言っていた頃が懐かしくなるほど呆気なく、俺たちのよく出来た妹はアイドルとして花開いた。

カリスマJKアイドルなんて巷で話題になっている彼女の兄貴が六つ子で揃ってクズなんてこと何千人のファンは知らないんだろう。

俺がアホみたいな顔をして寝癖を付けて起きてくると、ほんのり薄化粧した妹が食卓について姿勢よく正座したまま朝食を食べているところだった。

「はよ」
「おはよう」

それだけの会話をして妹はまた小さな口にナスの漬物を運ぶ。すっかり大人びてしまった妹は何年か前までは「にーちゃんにーちゃん」とすぐ後ろを付いてきていた癖に、今は圧倒的に俺たち兄貴より前進しているように見える。この半年ほどで、俺たちじゃ到底手の届かないようなところに、いつかは言ってしまうのではないかという不安が、俺の頭にちらつくようになった。

「今日仕事は?」
「あるよ」
「化粧しねーの?」
「メイクさんがしてくれるからいいの」

何がメイクさんだ生意気言いやがって。お前は今のままで十分可愛いんだよ。頭の中に浮かんだセリフは口に出さない。口に出すと調子に乗るから。何も言わないままで妹の頭をぐちゃぐちゃに撫で回した。綺麗に結いでいた髪の毛がボサボサになり、妹は信じられないとでも言った顔で俺を見上げる。わなわなと震えた口が「ふざけんな!」と叫び、すました顔がやっと崩れた。

「なにその満足そうな顔は」
「ん?満足だよぉ?お前の怒った顔が見れて」

きしょくわる。妹が俺を睨みつけながら言う。朝食の最後の一口を食べ終えて皿を重ねて立ち上がった妹が台所に行き、皿を片付けると「あ、そうだ」と何かを思い出したかのように戻ってきた。

「言い忘れてたけどおそ松兄さん」
「ん、なーに?」
「あの時兄さんには無理だって散々言われたけど。私ちゃんとアイドルになれてるから。」
「なんだよ?いまさら謝れとか言うわけぇ?俺の妹ちゃんてば案外根に持つタイプ?」
「もう、そうじゃなくて…」

眉尻を下げて困ったような顔ではにかむから俺の心臓がバクバクと音を立てる。

「私、兄さんに一番近くで見ていて欲しいんだよね。だからこれからもちゃんと見ててね?」

(は?いや待て待て。なにこの妹可愛すぎない?ツンデレにもほどがあるよね?あーかわいい、最高に可愛い。いいよね?今日ばかりは抱きしめてもいいよね?)

誰に許可を取るわけでもないのだが頭の中で早口で捲し立てて、勢いをつけて妹に抱きついた。妹が「嫌!」と心底嫌そうな声で叫んで俺の頭をグーで殴る。いってえな。それでも俺は妹を離さないまま、さらに強くぎゅ〜っと力を入れた。

「いやお前ほんとかわいいね。お兄ちゃんびっくりしてる。こりゃ人気出るわ」
「いや兄さん、ほんとに気持ち悪すぎる」

妹が抵抗するのをやめて、俺の背中にそっと腕を回して、ぽんぽんと背中をさすった。

「もー、にいさん。私どこにも行かないから」

俺がこれ以上遠くに行かないでほしいって思ってること、何でわかったんだよ。

俺は、返事をするように低い位置の妹の肩に顔を埋めた。
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