酔いどれ乙女は誰の手に おそ松 1
腹の奥から吐き出すように長く息を吐くと、口から出たそれがしろく濁って消えていく。俺はグレーのパーカーの上から赤いどてらを羽織って、ポケットに手を突っ込んだまま寒空の下を歩いていた。玄関にあった靴を適当に引っ掛けて家を出てきた俺の足取りは重く、ずるずると踵が地面に擦れている。

俺達六つ子には女の子の幼馴染が2人いて、一人は超絶可愛いトト子ちゃん。もう一人は超絶手のかかるやつだった。今日も俺達はクソニートな1日を送っていて、特にやることもなく炬燵に足を投げ出して、ただぼーっと時間が過ぎるのを待っていた。晩飯を食べて、テレビを眺める。ふと、隣で携帯を触っていたトド松が「あー」と声をあげ、俺は炬燵に突っ伏したまま目だけをトド松の方に向ける。

「なぁーにぃ、トド松」
「おそ松兄さんどうせ暇だよね?」

突然兄貴に失礼なことを言ってくる弟に顔をしかめて「いやいや俺チョー忙しいけど」と返すと俺の方を怪訝そうな顔をしたトド松がちらりと見て、手に持っていた携帯の画面を俺に向ける。そこには手のかかるほうの幼馴染のなまえがビールのジョッキを片手に写っていて「忘年会〜!まずは一軒目〜!飲むぞぉ!」と付け加えられていた。

「ほんとこいつ酒持ってる時、最高に嬉しそうな顔してるよね」

トド松の携帯を触ってなまえの顔をつんとつつくと写真が少しだけ大きくなった。

「おそ松兄さん、行ってきてよ」
「ええっ!なんで俺!?」

トド松の言う"行ってきて"は恐らく"なまえを迎えに行ってきて"だ。俺はジトっとした目でこっちを見るトド松に見せつけるようにわざと炬燵の布団を引き寄せて震えて見せた。

「寒いし寒いし、とにかく寒い!こんな夜に外出ても何もいいことないよぉ?」
「寒いのは分かる。でもまあここ見なよ」

トド松が携帯の画面をつついて指で広げるようにするとなまえの写っている写真が拡大される。広めの座敷にはなまえの職場のメンバーが座っているようだが、その中には勿論男性が何人も座っている。

「男がいんのよ。これまずいでしょ」

俺にも良く見えるように画面をこちらに向けてトド松が言う。俺は少しの間をあけて大きく溜め息をついた。

「あー!わかったよ!わかったわかった!行きますよ!」

お手上げとでも言うように両手を頭の横にあげる。トド松はにやりと笑って「じゃ、おそ松兄さん、なまえをよろしくねん」と俺の肩に手を置いた。

トド松が言うには以前交流があり、連絡先を交換していたなまえの同僚から連絡が来て「なまえがやばいのでもし暇なら迎えに来てやってほしいです」と言われたそうだ。その子からどこの店で飲んでいるということも連絡を貰った。俺はトド松に教えられた通りに駅前の通りまで歩いてきた。ちょうど終電まであと1時間ほどの時刻で、駅前は酔っ払いが多く賑わっていた。トド松に言われた店をキョロキョロと探しながら歩いていると道の真ん中で広がって話している迷惑な集団が居た。俺はいい大人が道で広がってクソ邪魔だなぁと悪態を吐きながら横を通り過ぎようとする。

「あっ!トド松くん!」

突然弟の名前を呼ばれ、声のするほうを振り返ると少しだけ顔を赤くしてほろ酔い気味の若い女性が俺の方に手を振っていた。俺はその女性のほうをじっと見る。すると向こうも何かを察したようで近づいてきて「じゃなかった…おにいさん?ですよね」と苦笑いをした。俺は「あー弟と妹がいつもお世話になってます〜」と冗談ぽく言い、「うちのバカ妹は?」と頬を掻く。

「なまえあっちです」

指さされた方を見ると、なまえがへらへらと笑いながら「さぁ、三軒目だぁ〜!」と隣の男の肩を叩いていた。隣の男は「なまえさん、飲み過ぎっすよ」と言いつつも満更でもなさそうになまえの背中を支えている。

「あんな調子なんで…お願いできますか?」

なまえの友達の彼女は、なまえが予期せぬ形でそのままお持ち帰りなんてされないように気を使ってくれたんだろう。俺は彼女に「ほんとごめんねえ。助かります」とお礼を言って、ズカズカなまえに近づいて行った。

「なまえさん、家どっちでしたっけ?タクシー乗っていきますか?」

隣の男がなまえの背中を支えながらタクシー乗り場の方を見ている。俺はすかさず反対側からなまえの腕を引っ張った。

「おっとと」

なまえは引っ張られてバランスを崩し、俺の胸に顔から突っ込んでくる。

「あ、あの…彼女のお知り合いですか?」

男が俺に言う。俺はなまえの頭を抱きながらニヤリと笑ってみせた。

「知り合いってゆーか、彼氏ですぅ。うちのバカがお世話になりました。もう大丈夫なんで、どーぞおかえりください」

なまえがふらふらなのをいい事に嘘を言ってなまえの頭をぽんぽんも叩くと、なまえがもぞもぞと顔をあげた。俺を見上げるなまえの頬はほんのり赤く色付いていて、俺の顔を確認すると「おそまつぅ〜」と首に抱きついてきた。

「お迎えに来てくれたの〜?うれしい〜!」

俺の首に全部体重をかけてるんじゃないかと思うほど強く抱きついてきて、正直苦しくて息ができなかったが、さっきまでなまえの背中を支えていたその男が絶望的な顔をしているのですごく気分がよかった。

「なまえ〜お前またこんな酔っ払って。俺が迎えに来なかったらどーする気なの」
「大丈夫だもーん」

連絡をしてくれた友達のところに行き「どーもすみませんでした」と頭をさげると、なまえも「ばいばぁい」とその子に手を振った。

パンプスを履いたなまえの足がふらふらと歩いているので、俺はなまえの手をしっかり握って、家の方向まで歩き出す。飲み屋を見つけるたびなまえが「おそ松、ちょっと飲んでこ〜」と入ろうとするので「なまえちゃん、それは勘弁して!」と引っ張り、なんとか足を進ませる。そんなやり取りを繰り返しながらやっとなまえの家の近くまで歩いてきた。なまえは息が白くなるほど寒いのに一人でぽかぽかと楽しそうだ。

「あ!おそまつ!」
「ん?どした?」
「コンビニいく」

なまえの家の近くのコンビニの前まで来るとなまえが立ち止まってそう言った。なにか買い物する用事があるのかとなまえに手を引かれ、そのまま店に入った。なまえは店に入ると俺の手を握ったまま片手でカゴを取り、そのまま一直線でアルコールコーナーに。

「イヤイヤ!なまえちゃん!?まさかまだ飲む気?」
「え?」

俺が驚愕しているのに、何に驚いているのか全く分からないとでも言いたげな表情をしたなまえが次から次にビールとチュウハイをカゴに入れる。俺とどうしても手を離したくないのか、ずっと手を繋いだままで床に置いたカゴに一本ずつ酒の缶を入れるなまえに少し呆れて、俺のもう片方の手でカゴを持ち上げた。

「おそ松は、これでいい?」

なまえがカゴの中を指さすと、ビールのほかに好んで飲むチュウハイが何本か入っていた。

「え、俺も飲むの!?」
「ええっ!私一人で飲むのぉ!?」

二人して目を丸くしてお互いをみる。なまえは「おそ松と飲むためにコンビニきたんだよ〜?」と眉尻を下げて言うので「あーもう、わかった!俺の負けだよ!」となまえの頭を撫でて言うと、なまえは俺の顔を見て嬉しそうに笑っていた。

それからなまえチョイスのおつまみとお菓子を何個かカゴにいれ、レジに持っていく。なまえはカバンから財布を取り出すとあまり頭が働いてないのかゆっくりゆっくりお金をだして、両手でおつりとレシートを受け取ると、買ったものを持たずに店を出ていった。それを後ろで見ていた俺は煙草の番号を言うと、ぴったりの小銭をレジに置き、酒の缶がたくさん入った袋を持って急いでなまえを追いかけた。

なまえは相変わらずふらふらとゆっくり歩いているのでまだコンビニの敷地内にいて、俺はなまえに追いつくと片手にコンビニ袋を持ち替えて、なまえの手をしっかりと握った。なまえはゆっくりと自分の手と俺の顔を順番に見ると、へらと笑った。

「おそ松、すき」
「え……?」

俺の目をまっすぐ見てはっきりとそう言うので俺はびっくりしてなまえの顔を見返す。

「おそ松の手、あったかくておっきくてすき〜」

そう言って俺の手をぎゅっと強く握って、俺の方に寄りかかってくるなまえに、俺は脱力して「あー、手ね、手のほうね」と返すとなまえはよく分かってないのか、うんうんと頷いていた。

なまえの家の前に来ると、働かない頭で鞄の中から鍵を見つけ出し、なまえが鍵穴に向かって鍵を押し付ける。全然入らない鍵をしばらく眺めて居たが寒いのでなまえの手の上から俺の手を重ねて、鍵穴に挿した。なまえは「おお〜」と何やら嬉しそうに拍手をして、扉を開けると「いらっしゃ〜い」と俺を招き入れた。もたつく足でパンプスを脱ぎ、壁に手を付きながらふらふらとリビングに進む。俺は「あーらら」とその姿に呆れながら、部屋の電気を付けて、転がったなまえのパンプスを直し、コンビニ袋を冷蔵庫の前に置いた。3本だけビールを出すとそのほかを冷蔵庫にしまい、なまえのいるリビングの低めのテーブルに置く。なまえのほうを見ると、コートを着たままそのテーブルの下に転がって気持ちよさそうに目を閉じていた。

(20180219加筆)
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