23:50
「忙しそうだね」
ノックの音に、こんな時間に誰だと苛立ちながらも返事をすれば、ひょっこりと顔を覗かせたのはなまえで、その愛らしい笑顔にあまりにも多忙すぎた俺の心はみるみるうちに解(ほぐ)れていった。
「なんだ、なまえか」
「なんだって何よ。私じゃ不満?」
口を尖らすなまえに、俺はへらへらと笑って、書類からペンを離し、頬杖をつく。
「いや、なまえで良かったって意味だよ」
そう言うと、なまえは吊り上げていた眉を下げて、瞬く間に真っ赤にゆであがった。
「もう、やだぁ。アーサー…」
「何がだ?」
「恥ずかしいこと、言わないで…」
真っ赤な頬を両手で覆って、なまえが目を反らす。
「はは、久しぶりだしな。少し話でもしようぜ」
なまえにソファーに座るように言って、俺はコーヒーを、そしてなまえにはココアを注いで、少しだけ眠そうななまえにマグカップを渡した。
「ありがと」
「ああ。それで、今日はどうしたんだ?こんな時間に」
訪ねれば、向かいに座っていたなまえがスッと立ち上がって、そろそろと俺の隣に腰かけた。
ココアをテーブルに置いて、なまえの頭が俺の肩に乗せられる。
「ごめんね、こんな時間に」
「別に、俺は平気だぜ?ここんとこ忙しくてなまえに会いに行ってもやれなかったし。本当はなまえと一緒にサッカー見に行きてえくらいだけどよ。悪いな、」
「うん、あのね、今日はね。…アーサーに会えなくて寂しくって、来ちゃったの」
すり、なまえの頭が俺の肩や腕に甘えるように擦れる。
なまえの眠そうな声とまぶたに急に恥ずかしくなって、気づけば俺は自らの左手で赤くなった顔を覆っていた。
「そう、か。俺もなまえに会いたくて仕方なかった」
「ほんとう?えへ、うれしいなあ」
なまえがはにかむ。
なまえの低めのヒールが床に転がって、裸足のなまえが床に座るようにソファーにぺたりと座り、顔をあげた。
「なまえ、ねみーか?」
「んー?眠くないよお」
間延びした喋り方。
普段のなまえは間抜けではあってもこんなふうに間延びした喋り方はしない。
「ねみーんだろ、いいぜ寝てて。仕事あとちょっとで終わっからよ。今日はどうせ泊まってくんだろ?」
「うん…泊まる…。でもアーサーがお仕事終わんの待ってるよ」
「そうか」
なまえの返事を聞いて立ち上がると、なまえのふわふわの前髪を持ち上げて、なまえのおでこにキスを落とした。
向こうのソファーで微睡(まどろ)むなまえを見て、もう一度目に痛い書類に目を落とし、ペンを取る。
「だって、私は今日、アーサーの応援に、来たんだ、から…」
段々と小さくなるなまえの声にクスリと笑って、明日で全部が終わったらたくさんなまえと一緒に居ようと意気込んで、腕まくりをした。
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