ゆっくりでいいから
※おもちゃ箱〜。ネタバレ注意。

「あ…ギャリー…?」
額縁に覆われたギャリーは、目を閉じて何もこたえない。
「ギャリー、ギャリー…。ギャリーギャリー、ギャリー!」
ぴたりと寄り添っていると、ギャリーの絵に涙が落ちて、あたりにずらっと真っ青な文字が浮かんだ。

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「うるさい、うるさいうるさい!!黙ってよ、黙って!!ギャリーを返してぇ!!!」
絵の中のギャリーはぴくりとも動かない。
ギャリー…ギャリー、


‐‐‐‐‐‐


「ギャリー!!!」
目が覚めると私はギャリーの腕の中に居た。
「だ、大丈夫?なまえ。って、大丈夫な訳ないわよね」
「ギャリー…?ギャリー大丈夫?生きてる?死んでないよね?どこも痛くない?」
「どこも痛くないかは別にして、生きてはいるわよ」
「…え?」
ギャリーが顔を歪めた。
イヴが言う。
「なまえちゃん、おもちゃ箱で追いかけられた時に倒れちゃったんだよ。メアリーがギャリーの薔薇を持っていっちゃったから、追いかけないと」
そう言うと、イヴが悲しそうな顔をしてギャリーを見つめる。
ギャリーは一粒の汗を垂らして、イヴに無理矢理微笑んでいるように見えた。
「大丈夫よ、イヴ。アンタのせいじゃあないでしょ」
私が気絶してる間におもちゃ箱の中で何かあったのか。
イヴは目に少しだけ涙を浮かべて、ギャリーの言葉に頷いた。
「さて、なまえ。もう歩けるかしら」
「え…?ご、ごめん、ギャリー!もう大丈夫!重かったよね、おろしてっ」
「重くなんかないわよ」
ギャリーが私をおろすと、イヴがすぐさま私の服の裾をぐいっと引っ張った。
「なまえちゃん、メアリーを追いかけよう。走れる?」
「うん!…って、あれ」
くらり。
軽い目眩を起こして、私は座りこんだ。
「なまえちゃん…」
「無理そうね…。…っはぁ」
ギャリーが私の前に屈んで、つらそうな顔をさらに歪めて息を吐き出す。
「ギャリー…!?」
「なまえちゃん、私、先に行く」
「イヴ…。で、でも一人じゃ危ない…」
「平気だから。私、ギャリーが苦しいの見てられない。私のせいだから…」
それだけ言うと、イヴは走って行ってしまった。
私の目眩はちょっとした立ち眩みのようなもので、道を曲がったイヴの姿が見えなくなるころには私は立ち上がることができるようになっていた。
「ギャリー…?大丈夫…?く、苦しいの?わたし、どうしてあげたら…」
「なんて顔してんのよ、アタシのために。可愛い顔が台無しよ」
「でも、ギャリー…。私、怖い夢見て…。それでギャリーと一緒じゃないと不安だよ。ギャリー、早く、一緒に行こう?イヴ一人じゃ危ないよ」
ギャリーがついに地面に体を預けてしまった。
荒い呼吸を何度も繰り返している。
「ギャリー…ねえ。ギャリー一人で歩けないなら、私がギャリーを背負っていくから…だから、一緒に」
「ハハッ、それは無理よ。まったく…しょうがない子ねえ、なまえは。私はちょっと休憩したら追いかけるから、なまえは先に行って?」
ギャリーが何やらボロボロのコートのポケットの中を探って、私の手に握らせた。
「ギャリー、これ…」
「アタシが持ってる物はみんなあの子たちにあげちゃったしね。あとはこのライターだけ、何かあったら使いなさい」
「な、何かって何!?何も起こらないよ!メアリーにギャリーの薔薇を返してもらお?そしたら…一緒に、行こうよ、ギャリー。おねがい…」
ギャリーが大きく息を吐いた。
「最後にまだアタシからなまえにあげれるモノがあったわ」
それから、両腕に力を込めて体を起こすと私の後頭部をぐいっと引き寄せる。
「大丈夫、すぐに行くから、待ってて」
ギャリーの唇が離れていった。
私は涙を拭って走り出した。
もう振り返らない。
ギャリーは必ず後から追ってくる。
「すき…きらい…すき…。あれ、なまえもギャリーの薔薇を取り返しにきたの?でもごめんね、」
床に青の花びらが散らばっている。

ジッ…

ギャリーのライターが火を吹いた。

「ごめんね、メアリー。さようなら…」


ゆっくりでいいから。またその笑顔を見せに来てよ、ギャリー。
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