白雪姫は目覚めない
その子は、雪のような白い肌をしていて、太陽の光など浴びたら溶けて消えてしまいそうで。
俺が話すとほっぺたを林檎みたいに赤くして笑ってくれた。
「緑川くん、」
ふと彼女の声が聞こえて振り返ると、電信柱の影からスッとなまえが出てきた。
「こんばんは、月の綺麗な夜だね」
そう言ってなまえが夜空を見上げる。
上には無数の星とまんまるの月が浮いていた。
「練習の帰りかな?」
「うん、随分遅くなっちゃった」
「こんな時間まで大変なのね」
生暖かい夏の風が、なまえの白いスカートを
ゆらり、と揺らす。
なまえが揺れる髪を少し押さえて、俺のすぐ隣まで歩いてきた。
俺も続いて歩き出す。
「なまえは、こんな時間までどうしたの?お母さんとか、心配しない?」
腕の時計はもうすぐ9時をさす。
なまえを見ると、なまえは困ったような顔をして言った。
「お母さんは何も言わないよ、別に」
「女の子なんだし、危ないよ。家まで送ってくね」
なまえの手をとろうとして手を伸ばしたら、その手はするりと動いて俺を避けた。
「ご、ごめん」
嫌だったかな、と一応謝るとなまえは首を横に振って、俺の少しだけ前を歩き始めた。
「ううん、いいよ。一人でも平気。あの日も一人だったけど…」
ぼそりと何かを呟いたなまえは振り返る。
その顔は泣きそうに笑っていた。
「え、それってどういう…」
「何でもないよ。ごめんね、緑川くん」
俺はなまえの体を触ったことがなかった。
俺は、ある日の帰り道に出会ったなまえに恋をして、確かあの日も月がぼんやり光っていたな。
それから毎日のようになまえと会って、話して。
思いも伝えたし、なまえは喜んでたし、そういう関係のはずなのに。
俺が昼間は練習で忙しいのが悪いんだけど、まだ太陽が出てるうちになまえとデートなんてしたことないし。
会えるのは練習帰りのこの道だけ。
「ごめんね、緑川くん。今日はね、お別れを言いに来たんだ」
そう言ったなまえの足は、後ろを映していた。
「なまえ…」
気が付くとなまえの唇が押し当てられて。
なまえのキスは溶けそうに嬉しくて、凍えそうに冷たかった。
「さようなら、緑川くん。君にあげたかったな」

‐‐‐‐‐‐

「あ、おかえり緑川。また遠回りしてきたろ、遅いじゃないか。あの事件の犯人捕まったってよ。…可哀想にね、まだ中学生だったのにさ」
ヒロトがテレビを見ながら悲しい顔をした。
本当はさ、もうずっと前から気付いてたんだよね。
それでも好きだったから、一緒に居たかった。
なまえの人生を、俺と。
次の日、あの道を通った俺は、花束を持っていた。
「俺もさよならを言いに来たよ、なまえ」


お詫び企画人外/幽霊
*<<>>
TOP