惚れた弱みってヤツでしょうか
「今、なんて言ったんですか。もう一度言ってみてくださいよ!!」
「いや、だからジュース買ってきて、立向居」
「俺を一体なんだと思ってるんですかあああ!パシリとでも思ってるんですか!?」
「可愛い後輩」
「可愛い後輩に無条件でジュース買わせる先輩が何処に居るって言うんですか!」
みょうじ先輩はくりくりの目をぱちぱちと可愛らしくまばたきして、微笑んでいる。
天使なんじゃないか、という錯覚さえ起こさせた。
「先輩の背中が見たいです」
「いや」
「知ってます」
先輩の背中はさぞかし綺麗なんだろう。
翼が生えているに違いない。
俺はどうしても先輩の背中が見たかった。
というか、先輩が好きだった。
「立向居、喉渇いたんだけど」
「だからなんですか」
「ジュースが飲みたい」
「唾でも飲み込んでください。なんなら俺の唾液で先輩の喉を潤して差し上げましょうか?」
「立向居気持ち悪いよ」
先輩が表情一つ変えずにいい放った。
少しだけ傷付いた。
「立向居、本当に喉渇いた」
「先輩、俺の純粋な恋心を弄ぶのいい加減やめてください。さすがに俺も怒りますよ」
「じゃあ立向居は、私がからからに乾いて死んじゃっても良いんだね!!!」
「誰もそんなこと言ってませんけど。先輩が死んで良いわけないじゃないですか。むしろ先輩が死なばもろとも。先輩がいない人生なんて捨ててやりますよ」
「立向居、キモいよ」
「そう言われるとは百も承知でした」
みょうじ先輩はしまいには頬をぷくうと膨らませ、ふて腐れて見せるのだから、こちらは堪ったもんじゃない。
「まっちまっち、」
「買いませんよ。あと何故二回言ったんです?とても可愛いです」
「だって二回書いてあるもの」
「まあ確かにペットボトルのラベル表記にはMATCH MATCHと二回書かれていますが、律儀に二回分わざわざ口を動かしている人は初めてみました」
先輩は可愛いけど、いくら大好きな先輩でもそれに付け入られ、たかられては困る。
ジュース代すらも積み重なれば、中学生には大変な出費だ。
「立向居、お願い」
「今回ばかりは嫌です」
「立向居、ねえ」
「……知りません」
「立向居、」
「そんなに可愛く小首を傾げたところで今回ばかりは本当に譲りません。いい加減弄ばれるのには凝りました」
「ゆうき…」
「分かりましたよ、行きますよ!!平仮名やめてください!名前もやめてください!可愛いから!!」
代わりにとばかりになまえ先輩を抱きしめてやれば、先輩はやったあと声をあげた。
「でも立向居、私も一緒に買いに行く」
「珍しいですね、何かあったんですか」
「なんにも。ただね、立向居と一緒に歩きたかっただけ」
「可愛すぎるのでやめてください」
途端、みょうじ先輩が俺の腕をぎゅうと抱きしめた。
俺の心臓は今にも飛び出さんばかりに脈打っている。
「先輩…?」
「あのね、私別に立向居を利用してる訳じゃないよ?ただちょっと甘えたくて…。私のほうが先輩だからお姉さんだけど、でも私は立向居に甘えたいから、わがまましちゃうの。ごめんね、いつもわがまま言って」
「いいんですよ」
「え?」
少しだけ先輩の言葉を遮る形になってしまって、先輩はびっくりした様子だった。
「俺はしたくて先輩を甘やかしてるんだし、いいんですよ。みょうじ先輩はそんなこと気にしなくても」
みょうじ先輩の顔がみるみる赤くなっていく。
そんな先輩を見つめていると、恥ずかしそうに目を逸らされてそれからぼそりと呟いた。
「キスして、」
「もちろん、そのつもりです」
みょうじ先輩は先輩のくせに俺よりも幾分が背が低いので、俺はしゃがんであげて。
それでもさらに先輩が背伸びをするので、爪先立ちでバランスの悪いみょうじ先輩の背中をそっと支えてあげた。
「立向居、大好き」
「全く、都合がいいんだから」
まあ、好きなんですけど。
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