おでこにちゅう
ヒロトからかかってきた電話に出ると、もちろん電話の向こうからは愛しい声。
しかし、彼が発した事実は私にとっては、辛く、悲しいものだった。
「僕、留学するんだ」
ごめんね、と付け加えてヒロトは黙ってしまった。
私も口を開かないから、沈黙が続いている。
その沈黙を破ったのは私で、震える声で呟いた。
「なんで…」
「サッカーをしに行くんだ。国境を越えてしまうけど、落ち着いたら一旦帰るよ。たぶん数ヶ月後には…」
「そうじゃなくて!」
「なまえ…?泣いてるの?大丈夫?ごめんね、なまえ」
ヒロトが困っているのが電話越しでも伺える。
私とヒロトはこれでも、恋人同士だ。
「どうして、もっと早く言ってくれないの、」
「ごめんね、なまえが駄々をこねるかなと思って悩んでいたんだ。なまえを一人にしたくなかったし、なまえの寂しそうな顔、見たくなかった」
「子供扱いしないで。そんなの、言い訳だよ」
「そうだね、」
ヒロトは私と同じ年でも、二つも三つも年上なんじゃないかとさえ思わせる余裕がある。
私はいつもそれが悔しくて、虚しくて仕方なかった。
「いつ行くの」
「………明日」
「…は?」
さすがに驚愕した。まさか出発の前日に伝えられるなんて、思っても見なかった。
「え、ちょっと…冗談でしょ?」
「ごめんね…」
「先週、会ったよね?」
「うん」
「どうしてその時に言ってくれなかったの。どうしてもっと早く言ってくれなかったの。ああ、この質問はさっきもしたね。私がわがままを言うからだっけ?駄々こねるからだっけ?私のせいなの?ふざけないでよ、先週のデートで言ってくれれば、もっとヒロトになんかしてあげれた。もう前日だよ?今日私に何ができんのよ。ヒロトにとって私って、そんな軽い存在だった!?」
ヒロトは謝ることしかしなかった。
自分の子供っぽさにほとほと呆れる。
これではヒロトが私を子供扱いするのも頷けてしまう。
「…なまえ、今日暇かな?」
「…暇だけど」
「じゃあ何処か行こうか。せめて今日1日だけでもいいから、なまえに会いたいんだ。しばらく会えなくなるだろ?」
「…ありえない」
今の一言は果たしてヒロトに聞こえていただろうか。
小さな声だったし、どうだろうか。
「え?なまえ?」
「ありえない、なにそれ!出発明日なのにさ、何考えてんの!ヒロトのばか!」
「ごめん、なまえ。でも、僕はなまえに会いたい」
「…っ!ヒロトはいっつも大人だしさ。私なんか居なくても、どうせ平気なんでしょ!?私ばっかりヒロトが大好きみたいじゃん!ひ、ヒロトなんかもう知らない!海外にでも何処へでも行っちゃえばいいじゃん!ヒロトなんか…ヒロトなんか、死んじゃえ!!」
特に何を考えるでもなく、たまに使う言葉だった。
死んでほしいなんて少しも思ってなくても、喧嘩をするとつい言ってしまう。
だって、自分の周りの人が、大切な人が死んじゃうなんてことあるわけないって思ってるから。
言い訳だろうか。
でもさ、ヒロトが本当に死んじゃうだなんて、思ってもみなかった。
だからヒロトがいつもの暖かく、優しい声色で「…すぐに帰ってくるから。そしたらなまえの行きたい所に連れていってあげるからね」なんて言うもんだから、安心しちゃって、「本当は大好き」も、「愛してる」も、「行かないでほしい」も、「ごめんなさい」も、「いってらっしゃい」だって、何一つ言えなかった。


‐‐‐‐‐‐


私は宇宙人になんかなれない。
いつまでも、ただの非力な地球人だ。
それはきっとあの瞬間から私に課せられた宿命。
それにヒロトはきっと、私が宇宙人になることなんか望んでいないものね。


もう一度君に会えたら、まずはおでこにちゅうしてあげるね


あれ、ヒロト?もしかして、私のこと迎えに来てくれたの?嬉しい、嬉しいよ!大好き、ヒロト。ごめんなさい、酷いこと言って。でもあんなの嘘だから。ヒロトに死んでほしいなんてこれっぽっちも思ってなかったんだよ?大好き、愛してる、ヒロト。ずっとずっと、大好きだよ。死ぬまで大好き。死んでも、大好き。

ううん、きっと、
生まれ変わっても、ずっと、ずっと、大好き。

このまま私たち、ずっと一緒がいいね。ヒロト。

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