四月の一日
「別れよう」
「え…?」
聞き返しても、私が期待した言葉は返って来なかった。
「えっと、嘘だよね…?南沢先輩、今日エイプリルフールですし、」
ひきつった笑いを浮かべて、言うと、南沢先輩は気まずそうに目を反らした。
「悪いな、こんな日に」
「でも、嘘ですよね。だって、こんな、いきなり…」
「悪いけど、俺にとってはいきなりでもなんでもねえし。大分考えた結果だ」
「じゃあ、なんで今日言ったんですか、酷いです、酷い、です」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
私の目から熱い涙が溢れ出して、南沢先輩が唇を噛み締める。
「嘘ですよね、先輩。好きです、私は。まだ南沢先輩のこと大好きです」
「泣くなよ、なまえ。泣くな、」
「無理です、無理ですっ!南沢、せんぱ…」
「なまえ、」
「あ、あ、あつしお兄ちゃん、ひっ…」
喉がひくひくと痙攣して、私の肩が揺れる。
びくんびくんと私の肩が揺れる度、南沢先輩の、いや、私ともう10年以上は一緒に居るであろう篤志お兄ちゃんの額に汗が滲めた。
「あふ、ひっ…あつし、おにいちゃんっ。す、捨てないで…」
呼吸もままならない。
喉を両手で覆うと、南沢先輩は弾かれたように、喉を覆う私の両手を掴んだ。
「なまえ、止めろ!」
「ぅ、あぁ…くるし、苦しいよう。あつしおにいちゃんっ」
「なまえ、泣くな、落ち着け!」
南沢先輩が私を抱き締めてくれた。
私のガタガタと震える肩を強く押さえつけて、私の動きを制止する。
私の呼吸も段々と落ち着いた物になっていく。
「なまえ、ごめんな。嘘だ、嘘だから」
私の目尻に浮かんだしずくを、親指で拭って南沢先輩が心配そうな顔をした。
「うそ…?」
「ああ、そうだ。嘘だよ、なまえ。ごめんな。ほら、今日はエイプリルフールだろ?まさかなまえが泣くとは思わなくて。悪かったな」
「な、なんだ、嘘かぁ!え、えへへ…。私、信じちゃいましたよ。もう、南沢先輩ったら、たちが悪い嘘はよしてください!びっくりしたじゃあないですか!」
「うん、ごめんな」
「ええ、ええ!いいんです!私だって気付くべきでしたし!だって、こうして南沢先輩に別れようだなんて言われたの、初めてじゃあないですもんね!その度に南沢先輩ったら嘘だなんて言うんですもん!心臓が何個あっても足りませんよ!私、そんなにココロも、シンゾウも強くないんですから!いつか私がびっくりのしすぎで死んじゃったらどうするんですか!私は南沢先輩の大事な大事な彼女なんですよ?私は篤志お兄ちゃんの大事な大事な幼なじみなんですよ?」
「そうだな、なまえは俺の大事な大事な幼なじみで…」
「だからもう、別れるなんて言わないでください南沢先輩」


なまえは笑った。
誰もが惚れ惚れとするような。
天使のような微笑みだった。
それからなまえは俺の手を取って、恥ずかしそうに頬を赤く染めて言った。

「私が泣けば、南沢先輩は私のことを棄てれない。私が息を詰まらせれば、南沢先輩は私のことを赦してくれる。私、知っているんですよ?」

俺はもう何も言えない。

「だからもう二度と、別れようだなんて言わないでくださいね」

このセリフをなまえの口から聞いたのは、もう何度目だろうか。

*<<>>
TOP