ボクチンの子猫ちゃん2

どこから出して来たのかエプロンを着たバッツがボウルと泡立て器を手にポーズを決める。ティーダは手を叩いて囃し立てている。それをフリオニールは呆然と見ていた。まだ事態がよく掴めない。
「フリオ先生の30分クッキングー」
「え、30分じゃ無理…」
「つべこべ言わないで作るっスよ」
「あ、ああ…」
分からないながらも手際良く材料を計りクッキーの生地を作り上げていく。ボウルの中のバターやら小麦粉やらが見る間に形を変えていく様を二人は目を輝かせながら見ていた。最後に刻んだ紅茶の葉を入れて纏めるとラップにくるんで冷蔵庫に入れた。
「なあ、あれはどれくらい冷蔵庫に入れるんだ?」
「うーん、30分くらいかな」
「そんなんじゃ間に合わないっス」
「あ、そんな乱暴な…」
焦れたティーダが冷蔵庫から生地を取り出し適当にちぎって天板に並べる。フリオニールが非難したが今回は美味しさを追求する訳ではない。さっさとオーブンを用意しろと言われ、理不尽だと思いながらも強くは言えず黙ってオーブンの温度を調節する。
「じゃあ次はバラのジャムな」
「ああ…」
大小様々な形に並べられた生地を見て項垂れながらバラの花びらを洗う。レモン汁を振りかけながら思ってることをおそるおそる口に出す。
「これも30分で作るのか?」
「当たり前だろ」
すぐに用意できなければ何のためにお前に頼んだのかとバッツは言い張る。料理、ことさらお菓子作りは食べる人の喜ぶ顔を想像しながら楽しく作るものだと思っているフリオニールはため息をついた。急いでいるなら一から作っている暇はない。
「こないだ作ったのが…あった」
冷蔵庫から先日作っておいたリンゴジャムを取り出し鍋に入れた。火にかけると部屋中に甘い香りが漂った。
「何これ?」
「リンゴジャム。これをベースにバラのジャムを作るよ」
「何で?」
「急いでるんだろ」
時間に制約があるなら、その中で最大限の努力をしたい。たとえやっつけでも不味いものは作りたくないと言うフリオニールに二人は感動した。
「さすがフリオ、料理人の鏡!」
「良いお嫁さんになれるっスね」
「…」
今さら持ち上げられても気味が悪い。更に難題を吹っ掛けられそうな気がして思わず怪訝な顔をしてしまう。それを察したバッツが取り繕うがティーダがつい本音を漏らすものだからあまり信用はできなかった。
「大丈夫だって。今日はこれ以上は頼まないと思う、多分」
「そうそう。子猫を誘き出してくれたらなんて、そこまで思ってないっス」
「あ、バカ…」
もう何も言う気も起きない。とはいえティーダの言うことをいちいち気にしてはいられない。気を取り直して生地をオーブンに入れるとタイマーをセットした。
バラの香りに混じって紅茶の香りも漂ってきた。それは互いを引き立てて食欲をそそった。
「何だか腹が減ってきたっス」
「ああ…」
本来の目的を忘れてオーブンの中を眺める二人は焼き上がった瞬間にクッキーを平らげてしまいそうだ。おい、と注意しようとしていたら窓がからりと開いた。
「良い匂い」
ひょこりと顔を出したのは緑の髪の少女だった。可愛らしくてほっとする笑顔にバッツは少女を中に招き入れた。そして少女も一緒になって目を輝かせながらオーブンの中を見ていた。
和気あいあいとクッキーが焼き上がるのを待っている三人をハラハラと見つめるフリオニールの手はしっかりとジャムを作っている。子猫を探すのではなかったかと言う前に少女がこちらを向いた。
「美味しそうね」
「え…あ…ありがとう」
バッツやティーダに言われるのと違い、女の子に言われると照れてしまう。それが可愛い女の子なら尚更。笑ったらもっと可愛いだろうな。少しくらいならあげても良いかもしれない。下心が全くない訳ではないが、純粋に笑顔が見たくてつい口走ってしまった。
「出来たら味見してみようか」
「いいの?」
「ああ」
「やったぁ」
だがそこで一番喜んだのはティーダだった。勝手が分からないせいか、湯を沸かせだのカップはどこだの騒いでいる。フリオニールはため息をつきながらもポットの準備を始めた。仕方のない奴だと言いながらも目尻は下がり口元には笑みが浮かんでいた。
「ほら、クッキーが焼けたぞ」
すっかりと茶話会仕様にセットされた作業台に焼きたてのクッキーを並べると素直な歓声が上がった。そう喜ばれると悪い気はしない。紅茶を淹れながらまだ温かいジャムを出す。
「いただきまーす」
美味い美味いと食べる姿を見るのは本当に嬉しい。無言のまま凄まじい勢いで食べるティーダの隣でそういえば、とバッツが少女に顔を向けた。
「君、ここの学生?見たことないんだけど」
「ううん、今日ここに来たばかりなの」
ということは学会の参加者なのだろうか。大抵はケフカ教授の基調講演を目当てに来ているはずだ。もうすぐ始まるというのにこんな場所で油を売っていていいのだろうか。
「あとちょっとで講演始まっちゃうけど行かなくていいのか?」
「もうそんな時間?じゃあ早く行かなきゃ」
少女は紅茶にジャムを入れくるくるとかき混ぜると一口飲んだ。そしてクッキーを一枚摘まむと立ち上がった。
「美味しかったわ。ありがとう」
だが向かった先は音楽堂とは逆方向だ。慌ててティーダが引き止めた。
「待って、講演会場はそっちじゃないっスよ」
少女はきょとんとして三人を見上げた。
「知ってるわ」
「だったら何で…」
「私、今のこの隙に逃げるの」
じゃあねと走り去ろうとする少女の腕をバッツが咄嗟に掴む。今逃がしてはいけない気がする。バッツは考えた。バラのジャムと紅茶のクッキーが好きな子猫のティナちゃんはもしかしたら目の前の少女ではないだろうか。ふわふわの女の子だという特徴は合っている。可愛い子を子猫呼ばわりすることはよくあることだ。
「もしかして…ティナちゃん?」
「ん?そうよ。どうして知ってるの?」
「あー…ちょっと…」
正直に言えば多分逃げられる。この少女はケフカから逃げたがっている。こういう時ティーダはあまりあてにならない。二人に黙っていろと合図を送りバッツは笑顔を作った。
「俺はバッツって言うんだ。こっちはティーダでこのジャムとクッキーを作ったのはこっちのフリオニール」
笑みを崩さずに自己紹介をする。まだ時間はあるからと紅茶の続きを勧めると、ティナはあと少しだけと大人しくイスに座った。
「出会った記念に写メ撮っていい?」
「ええ」
少々強引だがティナの写真を撮り、電話がかかってきたからと部屋を出た。そしてスコールにメールを送る。しばらくするとスコールから電話がかかってきた。
『確認が取れた。早く連れてきてくれ』
「それがちょっと難しそうでさ」
理由は知らないがティナが逃げたがっているという話をすると、しばらくの沈黙の後でスコールが信じられない返事をした。本当にあの真面目なスコールなのだろうか。
『分かった。こちらは何とかするから後は好きにしてくれ』
「いいのか?」
『いいも何も、女性を力ずくで無理矢理連れて来られるのか?』
「それは無理」
紳士を気取るつもりはないが、そんな真似はできるはずがない。クラウドが責任を取ることになるだろうが、スコールが何とかすると言ったのだから何とかなるのだろう。
和やかに続いているお茶会に戻り、バッツはティナを見た。線の細い体を見て少し不安になった。「なあ」
ケフカと一緒にここに来たのならずいぶんと遠くから来たことになる。そんな彼女が頼れる人などいるのだろうか。
「さっき逃げるって言ってたけど、あてはあるのか?」
ティナは困ったように頷いた。地理が分からないからどの程度の距離にいるか分からないが、この国に知人がいるのだと言う。たどたどしい字で綴った住所を見ると、飛行機の距離だった。
「うーん…」
このまま一人で送り出すのは良心が咎める。計画的な脱出ではないが、だからこそ必死な思いが伝わってきた。
「よし、俺が連れてってやるよ」
「えっ?連れてってやるってお前…」
驚いたのはフリオニールとティーダだ。確か捕まえるのが仕事ではなかったのか。バッツは立ち上がるとひらひらと手を振った。
「だって困ってるみたいだし。この場はスコールが何とかするからいいんだ」
じゃあ行こうかと手を差しのべるとティナが笑顔でその手を取った。
「ありがとう」
「いいって。じゃあ後は頼むな、俺は探しに行って帰ってきませんって言っておいてくれ」
ティーカップを持ったままぽかんと見上げる二人に最後の指令を残してバッツは大学を出た。それはとても生き生きしていてバッツらしいとフリオニールは思った。

[ 62/75 ]

[*prev] [next#]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -