合宿しよう

クラウドの機嫌が悪い。ぶすっとして、ここまで感情を顕にするのは珍しい。それでも何も言わず黙々と仕事を続けている。バッツはペットボトルのキャップを開けながらそれを見ていた。真面目なクラウドには耐えられないだろう。いつ爆発するか、密かに楽しみにしているのは内緒だ。
「クラウド先生ー」
今日も元気な声が飛び込んでくる。起爆剤になりそうな一年生コンビの登場にバッツは心を踊らせた。
普段なら穏やかな笑みを湛えてああティーダ、と迎えてくれるクラウドが今日に限っては顔も上げてくれない。ただ黙々と机に向かっている。
「先生どうしたっスか?」
具合でも悪いのかと顔を覗き込むティーダにいきなりクラウドがキレた。それはもう誰も止められないタイミングで。
「どうしたじゃない。何でそんなに能天気でいられるんだっ」
突然の剣幕にティーダとスコールが思わず固まる。だがすぐに持ち直したスコールが至極真面目な顔で返した。
「ティーダが能天気なのは今に始まったことじゃない。何があったんだ」
「ティーダだけじゃない。どいつもこいつも、一体何を聞いてたんだ」
そう言ってティーダの前に一枚の紙を突き出す。三人でまじまじと覗き、バッツが読み上げた。
「ティーダ、36点。…赤点だな」
「平均42点だぞ」
情けなくなりクラウドは両手で顔を覆った。そして教え方が悪かったのだろうかと落ち込んでしまった。ある意味クラウドのせいなのだが決してクラウドの教え方が悪い訳ではないとバッツは知っていた。ただ、それを口にしてもいいものかどうか悩むところだ。
「スコールは?」
「100点だ」
大体の予想はついていたが、改めて聞かされると頭の出来の違いを思い知らされる。頭の出来に加えてクラウドにいい格好をしたかったという見栄もあったのだろうが。
「スコールが平均点を押し上げてるから、三分のニが赤点だ」
「お前、ちゃんとクラウドの講義聞いてたのか」
満点で当然といった感じのスコールが呆れ気味にため息をつく。だがティーダの返事を聞いて更に深いため息をつくことになった。
「聞いてるっスよ。一回も休んだこともないし、居眠りもしないで真面目にクラウド先生のこと見てるのはクラウド先生がよく分かってるはずっス」
「確かに」
ティーダに限らず出席率は高いと思う。毎回出席を取っているわけではないが、人数が少ないから誰が休んだかはすぐに分かる。態度も皆真面目だし、やはり自分の教え方が悪かったのだと結論付けようとした時にスコールが違和感に気付いた。
「クラウドを見てる、と言ったな。講義は聞いていないのか」
「声は聞いてるっスよ」
「内容は理解しているか?」
「ううん、さっぱり」
「あーあ、言っちゃったよ」
わなわなと震えているクラウドを横目にバッツはペットボトルに口を付けた。自分は気楽なギャラリーだ。さて、クラウドはどう出るか。
「…追試だ。落ちた奴は全員まとめて追試だ」
追試を行うかどうかは担当教官の判断に委ねられている。だがあくまでも教官の厚意であり、自分の休暇なり研究時間を削ってまで追試を行うケースは少ない。単位が足りなくて卒業できない学生のために行う場合が殆どだ。
「追試はいいんだけどさ、ちゃんと勉強させないと同じ結果になると思うぜ」
どこまでも他人事のバッツが笑う。そこでティーダが首を傾げる。
「バッツは追試じゃないんスか?」
クラウドに見とれて何も頭に入っていなかった自分程ではないにしろ、バッツだってクラウドに茶々を入れたりして真面目にノートを取っているようには見えなかった。確かに一年生向けの講座ではあるが、バッツは文系だったはず。
「俺?」
爽やかな笑みを崩さずにバッツが笑う。その答えはティーダからすると目から鱗だった。
「俺は履修してないんだ。だから試験なんて受けてない」
つまり、ただ遊びに行っているだけ。必要な単位は他で確保済みだ。
「えーっ、何で…」
「クラウドは頭が良くて真面目だからさ、セフィロス教授程じゃないにしても難しい問題作るだろうなーって思ってさ」
ティーダはがくりと項垂れた。そんな方法があるとは。
「補習が必要だな」
クラウドがぽつりと呟く。バッツの指摘にどうしたらいいかずっと考えていたのだ。
「クラウド先生は優しいなあ」
「優しい訳あるか。朝から晩まで解るまで叩き込んでやる」
「ティーダ相手だと一日じゃ終わらなさそうだな」
「やったぁ。合宿っスね」
怒り心頭のクラウドをよそにティーダが喜ぶ。履修していないことが判明したバッツも参加する気満々だ。ただ一人スコールだけが気に食わなかった。
「ダメだ!」
「…何で?」
皆が一斉にスコールを見た。青筋を立てて静かに怒っているスコールにティーダが口を尖らせた。
「だって補習しないと何回試験を受けたって通りっこないっスよ」
「そうそう、コイツらクラウドの顔しか見てないんだから」
「だからだ。赤点のコイツらがより多くクラウドの授業を受けられて、何で俺が受けられないんだ」
スコールにとってはクラウドの授業はご褒美だ。それが朝から晩まで自分の知らない所で行われるなど許しがたい。自分も赤点を取ればよかったなどと言い出すスコールにクラウドは頭を抱えた。何だか間違った方向に向かっているような気がする。
「だったらお前も来たらいいだろ。クラウドを手伝ってやれよ。何たって満点だしな」
バッツの提案がこれ程素晴らしいものに聞こえたことはない。スコールはもちろん、クラウドまでが救われた気がした。赤点を取った原因がクラウドの顔ならば、違う顔にすげ替えたらいい。
「セミナーハウス予約してくる」
善は急げだ。クラウドが事務室に向かう。スコールはクラウドに群がる虫を振り払う方法を考えているしティーダはお菓子やらトランプやらリストアップしていて合宿の目的を忘れているようだ。補習を受ける本人達は大変だろうが傍観するには楽しそうだ。バッツは空になったペットボトルをゴミ箱に捨てた。そして夏休み前に面白いイベントができたとことをティーダ以下赤点を取った連中に感謝した。

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