夏休みはやっぱり海6

その日は調べものをしていて図書館の閉館時間まで奥にこもっていた。それでも足りなくて教授から研究室の鍵を預かって残っていた。
突然バラバラと窓を叩き付けるような雨の音で現実に引き戻される。疲れを感じて時計を見上げると既に日付が変わっていた。
セシルは伸びをしてから首を回した。何となく集中力が途切れてしまった。今日はもう帰ろうか。
外を見ると雨が強く降ったのは一瞬で、今はそんなに強くない。セシルは駐輪場まで走るとヘルメットを被りバイクに跨がった。
いつもより随分と遅くなってしまったようで、学内は真っ暗だった。そしてこういう時に限って思い出してしまうあの話。そういう非科学的な話を信じている訳ではないが、今日みたいな日はやけにリアルに感じる。霧雨に変わりだんだんと視界が狭くなる中セシルはアクセルを回した。
やけに静かで耳が痛い。エンジンの音もタイヤの摩擦の音も何故か遠くに聞こえる。緩いカーブを曲がりながらあり得ない音を聞いた。
ぺたり、ぺたり。
それからずるずると何か重いものを引き摺る音。
いつ誰に聞いたのか忘れてしまったが、あり得ないと笑い飛ばした話が頭から離れない。

『この山はさ、昔姥捨て山で…出るんだってさ』

セシルは無意識のうちにアクセルをきつく握っていた。出るって言ったってバイクのスピードには着いては来られまい。
だが、強いて言うなら手のひらが濡れたアスファルトを叩くように押す音は確実に大きく近付いている。そしてその腕についた体を引き摺るような音も。
振り返ってはいけない。いくら慣れた道でも濡れた路面では何が起こるか分からない。
セシルはアクセルグリップを捻りスピードを出した。霧雨はいよいよ霧になり視界はほとんどない。ぐん、と後ろに力が掛かった。途端にスピードが落ちる。
這うような音は聞こえなくなっていた。代わりに何かが呻くような声が聞こえる。冷静に考えるならば、何かがバイクの後ろに引っ掛かりそれを引き摺っている状態だろうか。
まずいな。完全に嵌まってしまったようだ。
だがもうすぐ行くとコンビニがある。そこまで辿り着ければ逃げ切れるはずだ。
あと少し、もう少し。
知らずスピードが上がる。ここを抜ければ。
聞き慣れた電子音が静寂を破る。はっと我に返ったセシルは急ブレーキをかけた。バイクが止まるとまだ鳴り響く携帯電話を取り出す。発信者は彼の兄だった。
「兄さん…?」
『何も言わずに切るなんてどうした』
一斉に霧が晴れる。セシルはそこでようやく目の前のガードレールに気付いた。

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