合宿中

さわさわと葉が揺れ涼しげな音を立てる。遠くではカッコウが鳴いていて、クラウドは外を見ながらうっとりと聞き入っていた。生い茂る緑の葉の隙間から零れる日の光が眩しい。
「平和だなー」
「そうだな」
チン、とオーブンが鳴りエプロン姿のバッツが中から天板を取り出す。皿に焼きたてのクッキーを乗せるとコーヒーと共にクラウドの前に出した。
「熱いから気を付けろよ」
「ああ。焼きたてはまだ柔らかいんだな」
「それもまたいいだろ」
フリオニールから教わったレシピはクラウドを喜ばせていた。料理が全くできないクラウドはこの合宿中の食事をどうするつもりだったのだろう。いずれにせよ目の前に出された食事を凄い、美味いと感動しながらぺろりと平らげていく様子を見るのは楽しい。次は何を作ろうかと考えているとそろそろとドアが開いた。
「み、みず…」
よろよろと入ってきたティーダは昨夜より随分とやつれたような気がする。バッツが水の入ったコップを渡すとあっという間に飲み干してテーブルに置いた。そして視界に入ったクッキーに手を突っ込み貪り始めた。
「あ、オレの…」
じっとりと恨みがましい目で見てもティーダには通じない。ごくんと飲み込むとわっと泣き出した。相変わらずそこに居るだけで騒々しいと二人が半ば感心する。
「クラウド先生っ、助けてほしいっス」
「何だ、もう音を上げたのか」
「だって昨日から寝てないんスよー」
足元に縋りつくティーダを笑顔でかわす。クッキーを食べられる前なら話を聞いてやらないこともないが、食べ物、特に甘い物の恨みは根が深い。
一昨日から始まった合宿はクラウドが三日かけて作ったレジュメとスコールの厳しくも分かりやすい解説のお陰で昨日の追試で大半が合格して帰って行った。最初はクラウドと共に過ごすためにわざと追試も落とそうと考える輩もいたが、いざ蓋を開けてみるとクラウドは出てこないし講師役のスコールは厳しいし、で思い描いていたような楽しい合宿ではなかった。辛いだけなら早く合格して離脱するのが得策だと皆必死に勉強したようだ。思った以上の効果にクラウドは満足だった。決して自分の力不足を棚に上げて申し訳ないが、結果として学生達が講義内容を理解してくれたのは嬉しいし何よりスコールに講師の才能があると発見できたのは収穫だ。
「だってスコール厳しすぎっスよー」
「でも成果は出てるぞ。今日の追試でみんな合格だ。残ったのはティーダだけだな」
「うぇー…」
マンツーマンなら今まで以上の成果が出るだろう。泣き出しそうなティーダをよそにクラウドは満足そうに頷いた。
「今夜はお前の好きなもの作ってやるから頑張れよ」
「もう何食べても味しないっスよー」
食事係として着いてきたバッツが腕捲りをして見せる。だが既に食べ物で激励できる域を超えていた。
「休憩時間は終わりだぞ」
「ぎゃーっ、出たーっ」
スコールの登場にティーダが飛び上がりクラウドにしがみつく。後ろに隠れてガタガタと震えているティーダを見てこんなに怯えるなんてどんなに恐ろしい講義をしているのかクラウドは気になった。
「オレも一緒に教えに行こうかな」
「ああ」
スコールが頷く。二人ならより効率的にティーダの頭に叩き込めるだろう。
「うへぇ…」
ティーダは頭を抱えた。優等生の二人とは違い、どちらかといえば肉体派だ。脳の容量が違い過ぎる。
「そうだっ、何か、何かご褒美が欲しいっス」
自分の頭はもう限界だ。モチベーションを上げるためには何か餌が欲しい。
うーんとクラウドが首を傾げる。
「褒美って何が欲しいんだ?」
「そうっスね…海!夏休みに海に行きたいっス」
このセミナーハウスがある山も悪くはないが、本領発揮できるのは海だ。そこに大好きなクラウドと一緒に行けるなら奇跡を起こせる気がする。
「ああ、いいよ。明日の追試に受かったら皆で行こう」
「よーし、やる気が出てきたっス」
現金にも元気を取り戻して講堂に戻るティーダの後を歩く。更にその後を歩くスコールは渋い顔をしている。どうした?と聞くと案の定何でもないと返ってきた。どうせまたクラウドに付きまとう良くない輩がどうのと考えているのだろう。見知らぬ者にナンパされてほいほい着いていくように見えるのだろうか。
「オレ、海って行ったことないんだ。楽しみだな」
そう笑いながら振り返りスコールの手を握ると強く握り返された。
「さあ、海に行くために頑張らないとな」
半ば自分に言い聞かせるようにして講堂に入る。席についているティーダの瞳にも光が戻っている。クラウドはスコールの手を握ったまま教材を開いた。

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