美容講座にようこそ

学会の資料を持ってクジャの研究室を訪れるとちょうど手が空いていたようで歓迎された。お茶でも飲んでいきなよと勧めるから、時間もあるしお言葉に甘えることにした。今日はローズヒップティーだよ、美容にとっても良いんだと出された赤い茶を一口飲んでクラウドはカップを置いた。何だかとても酸っぱいんだが。目の前のクジャは美味しそうに飲んでいる。これはこういう味なのだろうか。別に美容に興味はないし、飲むならもっと美味い茶が飲みたいと思ったが、そう言うと「君ねえ、美を舐めてるのかい」から始まり美容の何たるかを説教されるから黙っておくことにした。
「こないだ教えた蜂蜜パック試してみた?」
「いや、ちょうど蜂蜜を切らしてて」
「ふふん、そんなこともあろうかと持ってきてあげたよ」
クジャが黄金色に透き通った液体の入った小瓶を差し出す。それを受け取りクラウドは項垂れた。
「…お気遣い痛み入る」
「礼には及ばないよ」
美しさを保つ為には努力を怠ってはいけないよと高説するクジャに適当に相槌を打つ。決して蔑ろにしている訳ではない。ただ話についていけないだけだ。それでもクジャの持つ雰囲気が好きでこうして通ってしまう。
「おや、指が切れてるね」
「ああ。さっき紙で切った」
あれって痛いよなと他人事のように答えるとまるで自分の指が切れたかのように顔をしかめたクジャが引き出しからハンドクリームを取り出した。
「これあげるよ。今の時期は乾燥してるから、ちゃんとお手入れしないと」
「ありがとう。貰ってばかりだな」
ここに来る度に何かを貰っている。このクジャという男はどうして何の見返りも求めずにこんなことをするのだろう。
「僕はね、美しい君を見るのが好きなんだよ」
そのために世話を焼いてくれるようだがクラウドには理解できない。そりゃ手は切れない方が痛くないし髪も櫛の通りが良いと朝の身支度も楽だ。だがクジャの美容に対する情熱はそれ以上で、クラウドはついていけなくてたじろぐ事がある。それでも。
「まあ…こないだ教えてもらったシャンプーは良かったな」
良い香りがしてスコールに好評だった。少し値は張るがそれだけの価値はあるように思えた。どれ、とクジャがクラウドの髪を摘まむ。
「うん、毛先まで栄養が行き届いているね」
満足そうに目を細めて紅茶を飲み干す。そうだ、と今度はアーモンドを取り出した。これも美容に良いのだと言う。
「あんまり食べ過ぎるとカロリーオーバーになっちゃうからね。それと塩が掛かってるのは良くないんだ」
ひとつ摘まみながらカップの中がビールだったらなあと想像する。所詮はこの程度だ。尚も続く話がだんだんクラウドの理解を越えていく。そこまでクジャを駆り立てるものは一体何なのだろう。きっとそれが理解できないからクジャはクラウドに構うのだ。クラウドは今の関係をとても気に入っている。クジャには申し訳ないが、美容には興味が持てなさそうだ。ちらりと時計を見ると授業が終わる時間だった。短い休み時間だというのに暇な学生達が準備室にやってきてはやいのやいのと騒いでいく。別にクラウドがいなくても困らないが、結局は学生達と下らない会話を楽しみたいと思う自分がいる。
「次の授業の準備もあるし、そろそろおいとまするよ」
「そう?今度は美味しいお茶を用意しておくからまたおいで」
不味いと思っていたのはお見通しだったようだ。クラウドは肩を竦めて笑うと研究室を出た。
「あ、クラウド先生」
早速授業が終わった学生に見つかった。手を振ってやれば黄色い声が上がる。準備室に向かう足取りも軽いような気がした。

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