お茶会をしよう

初めてフリオニールを見たときは何て気が弱そうなんだろうと思った。卒論に没頭していたから鬼気迫るものがあったのだろうか。
深夜の研究室、控え目なノックは最初は空耳だと思った。しばらくしてからスミマセン、と。どうぞと促すとがたいの良い銀の髪の学生だった。同じ銀の髪でもうちの教授とはずいぶんと印象が違うんだなと思っていたら、黙っていたのを不機嫌と取られたようだ。図体に似合わないか細い声でごめんなさいと帰ろうとしたから慌てて笑顔で引き止めた。
「何か用だったんじゃないのか」
「…酵素、あったら貸してください」
「うん、いいけど」
はい、と渡すと泣きそうなほっとしたような顔になった。別に返さなくていいと言ったが、後日律儀に手作りのクッキーを添えて返してくれた。そのクッキーが美味しくて、また食べたいと広い学内を探し回った記憶がある。結局はバッツが知っていたんだった。
目の前に広げられたケーキの数々を見てクラウドは初めてフリオニールに会った日のことを思い出していた。あれから数ヶ月、フリオニールのお菓子作りの腕は確実に上がっている。
「コーヒー淹れようか」
「お気遣いなく」
相変わらず謙虚な奴。そういうタイプは珍しいから余計に構いたくなる。一年生達は授業中。静かな時間を美味しいお菓子で過ごす。なんて贅沢なんだ。そういえばセシルが食べてみたいと言っていたのを思い出す。
「院の友人を呼んでもいいか?あんたの菓子を食べたいって言ってたんだ」
「ああ」
セシルにメールをするとすぐに返事が来た。まだ来ない友人の喜ぶ顔を想像しながらコーヒーをカップに注ぐ。はい、とフリオニールに渡しながらふと湧いた疑問を口にしてみた。
「そういえば、何であんな深夜に学校にいたんだ?」
フリオニールは当時は一年生。まだ実験の授業なんてあるわけない。深夜に酵素を探し回るはずもない。フリオニールはああ、と当時を思い出してずーんと沈んでしまった。
「学部長が…」
「皇帝が?」
フリオニールの学部の長は皇帝と呼ばれている。クラウドは接点がないのでその人となりが分からない。特別良い噂も聞かないが悪い話もなかったはずだ。
「酵素を持ってこないと…」
そこでフリオニールは押し黙った。心なしか青ざめている。もしかして命を脅かすような脅迫でもされたのだろうか。まだ実験のじの字も分からない一年生にそんなことをするなんて、教育者の風上にも置けない。そう考えると腹が立ってきた。
「し…」
「し?」
「尻を触るって」
「っ!っごほっ…っ」
クラウドは初めてリアルでコーヒーを吹きかけるという体験をした。気管に入ってしまったらしく咳が止まらない。慌てたフリオニールが背中をさすりようやく落ち着けた。落ち着いてくると今度はフリオニールが憐れになってきた。クラウド自身も現在進行形でセフィロスからかなり際どいセクハラを受けている。だが一年生の頃はフリオニールほど露骨ではなかった。
「もしかして…今も?」
こくりと頷くフリオニールに妙な親近感を抱いてしまうクラウドだった。
「そうか…あんたも大変なんだな」
どこか遠くを見ながらしみじみと言うとフリオニールが遠慮がちに口を開いた。それはちっとも嬉しくないことだったが少しは慰めになった。
「クラウドも大変だよな」
「知ってるのか」
「かなり有名だからな」
二人で沈んでいるとドアがノックされてセシルが入ってきた。後ろにはウォルもいる。
「あれ?何だか暗いね。どうしたの?」
「ちょっとな…」
セクハラ被害を嘆いていましたなんて恥ずかしくて言えない。うっかりウォルに知れた日には大事になる。二人は愛想笑いでごまかし席を空けた。
「わぁ、美味しそう」
「ふむ。まるで売り物のようだな」
早速いただきますとセシルが手を合わせる。一口食べるとほわんと幸せそうな笑顔になった。ウォルもいつもの仏頂面から穏やかに微笑んでいる。
「美味しい!凄く美味しいよ」
「ああ…甘いのは得意ではないがこれは美味いな」
二人に絶賛されてフリオニールは嬉しそうにはにかんだ。体が大きい割りに花だの菓子作りが大好きで優しくて思慮深いから皇帝につけ込まれるんだろうな、とクラウドは思った。優しい性格も良し悪しだ。きっとこの先苦労するだろう。クラウドにできることといえば愚痴を聞いてやることくらいだ。
「もう一個食べていい?」
「オレも」
ぺろりと平らげたセシルが次を物色する。クラウドも二個目をキープしてからコーヒーを落としに向かった。最近コーヒー豆の減りが早い気がする。そろそろ新しいのを買っておかないと。
授業が終わるまでにはまだ一時間もある。もう少しのんびりできると思いながらクラウドは伸びをした。

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