あなたが嫌だと思ったらそれはセクハラです

ぐらりと視界が揺れる。バランスを崩したのだと理解する前に脚立から体が投げ出された。クラウドは目を瞑りこれからその身に起こる衝撃を覚悟した。だが待っていたのは盛大な音と共に床に打ち付けられる痛みではなく、逞しい腕だった。
「あ…」
「大丈夫か」
抱き留めた彼も咄嗟に体が動いたのだろう。驚いた顔をして覗き込んだ。
「…ああ」
いくら軽いと言われても落ちてくる成人男性を受けとめるには力が要る。悪いことをしたと立ち上がろうとした瞬間。
「っ!」
かり、と耳を噛まれ思わず声にならない悲鳴があがる。耳が弱いのを知っているのは一人だけのはず。
「きょ…じゅ…やめ…」
ぴちゃりとわざと音を立てて耳を舐め回すセフィロスから離れようと身を捩ったが力が抜けて叶わなかった。助けを求めるように宙に伸ばされた手も掴まれてしまう。
「セクハラだぞ」
「本当に嫌なら拒んでみせろ」
耳から首筋に舌が這いぞくりと背中が粟立つ。拒めるならとっくに殴り付けている。急に弱点を攻められて手に力を入れることすらできない。
「お前は勘違いしている」
「な、に…?」
「あの小僧がもの珍しいだけだ」
ああいう毛色のが側に居なかったから新鮮に見えるだけだ。だから別れて早く俺のものになれ。セフィロスは首に吸い付きながら囁いた。
「違う…っ」
「違わない。一度俺に抱かれてみろ。自分の過ちに気付くはずだ」
ちり、と痛みが走る。このまま録に抵抗もできずに好きにされてしまうのか。
「おークラウド、来月の学会の設営だけどさ…」
悔しくてぎり、と唇を噛んだ瞬間、ノックもなしにドアが開いた。手元の資料に目を通しながら中に入ってきたジェクトにクラウドは救いの光を見た。
「…お邪魔だったか?」
「ああ」
足元で抱き合う二人を漸く見つけ、少し驚いたように目を見開いたジェクトはそれでも動揺してはいないようだった。
セフィロスに至っては平然としている。
「じゃあ事が済んでこの資料を読んだら連絡くれや」
ぱさりと机の上に資料の束を置き出ていこうとしたところで震えるクラウドの手がジェクトを捕まえた。
「助けてくれ、セクハラされてるんだ」
「何だ、強姦現場だったのか」
「終わる頃には和姦になっている」
「最初から合意を取り付けてやってくれ」
呆れたようにため息をつくとクラウドを引っ張り上げる。セフィロスもこれ以上無理強いをしようとはしなかった。
「立てるか?あー…震えちゃって可哀想に」
クラウドの肩を抱き準備室を出ると自分の研究室に連れて入る。パイプ椅子を出して座らせるとコーヒーを淹れた。
「ほらよ」
震える手に持たせてため息をついた。クラウドがまだ学部生の頃からセクハラをしていたようだが、震えてまともに言葉も話せなくなる程追い詰めるのはやりすぎだ。青ざめてはいるもののほとんど感情を出さずに中に押し込めようとして、いつか心が壊れてしまうのではないかと思う。しばらく黙り込んでいたクラウドだったが、おもむろにコーヒーを飲み干すとふーっと息をついた。
「ありがとう、助かった」
そこにはいつもの穏やかなクラウドがいて、ジェクトはいよいよ心配になった。何を取り繕っているのだろう。
「お前…」
「学会の設営だっけ、資料ある?」
「ああ」
資料を渡すとクラウドはざっと目を通してうーんと唸った。
「この規模だとバイトを雇ってちゃんと運営本部を作った方がいいと思う。学生に募集をかけてもいいか?」
「その辺は任せる。他にも発注するものもあるだろうから予算を組んでおいてくれ」
きっとクラウドはこれ以上弱味は見せない。セフィロスの腕の中から助けを求めたのが精一杯の甘えだ。だから何を聞いても答えないだろう。
「じゃあ草案ができたら持ってくる」
「ああ…一人で大丈夫か?」
「セフィロスだってそこまで理性がないわけじゃない」
人のいる所で手を出しては来ないだろうクラウドは言う。研究室のドアを開けると遠くにティーダの後ろ姿が見えた。相変わらずうるさい奴だと見ているとクラウドの動きが止まった。凍りついたように顔を強張らせてティーダを凝視している。ジェクトは眉を潜めてクラウドを見てからティーダを見た。それからティーダの隣の人物を見る。あれが原因か。直接話をしたことはないが、クラウドの恋人という男だ。あの男との関係を守るためにクラウドはセフィロスからの嫌がらせを騒ぎ立てることなく黙って耐えているのだろう。クラウドは静かに息を吐くとゆっくり歩き出した。
「余計なことは言わなくてもいいからな」
振り返らずに投げられた言葉は強がりだと分かっている。教えてやるほどお人好しでもない。それでクラウドが壊れるなら拾ってこの腕に収めるまでだ。
「お手並み拝見ってとこだな」
ジェクトは口元を吊り上げた。クラウドに無理を強いて手に入れようとは思わないが男としての欲望が頭をもたげる。いつかその身を掻き抱く時がくるかもしれない。好機を逃すつもりはなかった。

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