10Q 1
 火神は、夢を見ていた。

 広い体育館で、コートには黄瀬と、自分のたった二人だけ。
 やがて白熱した試合の中で、火神はボールをリングに叩き込むため高く跳躍する。

 黄瀬は吼え、対抗して火神動揺宙に飛んだ――が、狙いはブザービーターだ。
 先に落ち始め、驚き固まる黄瀬を前に、火神はボールをリングに叩き込み。

 叩き込み――、その感覚がいつもと何か違うことに気が付いた。

「んあ?」

 火神は、右腕を高く掲げ、寝ぼけたまま、薄く目を開く。

「んあ、じゃない」

 それもそのはず、火神自身は教室で席に座っていて、その手が触れていたのは隣に立つ髪が非常に少ない教師の頭、だったのだから。
 年のいった髪の薄い男性教師は、きょとんとする火神に頭をつかまれ若干ななめったまま、押し殺された震え声を出す。

「何堂々と寝とるんじゃ貴様。後で職員室に来い」

「うぐっ!」

 火神はやっちまった、と慌てて手を頭から離すと、肩を落とした。
――が、後ろから微かに聞こえた規則正しい寝息に、きょとんとする。

(なんでコイツはスルーなんだよっ!)

 振り返った先、黒子は頬に手をあて、うつらうつらしていた。





 丁度その頃、隣の1Cの教室でも、授業中にも関わらずこっそりと寝ている者がいた。
 黒子とは違い、教室の端から二番目、前とも後ろともつかぬ真ん中の席で、彼、橙野 白美は現在夢の世界に旅立っているのだ。
 まるで何かを考えているかの様に、机に肘をつき、手を額に当てて貌を伏せる。長い白髪が相まって、彼の眼が開いているのか閉じているのか、遠目から見てわからない。
 そして、片手にはオレンジのシャーペンがまるで何かを書いている最中であるかのように、握られている。
 パッと見ただけでは、真剣に授業を受けているとしか見えない姿勢だ。

 しかし、確かに白美は居眠りをしていた。






 夢の中、白美は誠凛のユニフォームを着て、ベンチに座っていた。
 白髪を垂らし、目を伏せ、集中力を極限まで高めながら、身を屈めてその時を待つ。

 どのくらいの時間が経っただろうか、ボールがコート外に出て、誠凛がメンバーチェンジの希望を出す。
 時が来た――と、白美はゆらり、と席を立った。

 自分が立ち上がったのを見て、周囲は少しざわつく。
――この状況でアイツを出すか?
 そんな声が聞こえてきた。
 周りが、自分を大した相手だと思っていないのはわかっている。
 
 だって――。
 そう思えば、俯いたままの貌に、凄みのある笑顔が浮かぶ。


 だがもう、偽る必要はない。

――俺のバスケを、解き放つ時が来た。
待ち続けて、求め続けて、ここまで来て、漸く。

このチームで、この仲間で、だからこそ、放つことができる。

「さぁて……」

白美は、口角をにいっと上げると、視界にちらつく白を思いっ切り引っ張った。
パサ、と音がして、白が地に舞い降り、代わりにオレンジがその姿を現す。

ゾクゾクしたものが、体の芯から沸き起こり、指の先、足の先までをビリビリと駆け抜ける。

喉から溢れるクツクツとした笑いは、この喜びが止まらないのと同じように、もう抑えることはできないだろう。

一同が瞠目しているのがわかる。
息を呑む音が聞こえる。
辺りの空気が変わった。





「クックックックッ――……」

そして、白美はハッと目を見開いた。
今、自分は夢を見ていた。
夢の中で、笑っていた。
そして――その笑いは今、確かに自分の喉から出ていた。

その事実に、白美は内心激しく動揺し、身の動きを固める。
あの息を呑む音も、変化した空気も、瞠目も、全て半ば――現実のものだったのか。

――今すぐに手を打たなければ。


「あ、あの……、橙野、くん――?」

咄嗟に無表情を作って貌をあげれば、授業をしていた女の先生が、目をパチクリさせて白美の方を見ていた。
周りの生徒たちも、普段の様子からして俄かに白美のそれとは思えないクツクツ笑いを聞いて、きょとんとしている。

白美は、内心ヒヤヒヤしながら大慌てで芝居を始めた。
いっそ、この場は笑いでおさめてしまおう。全力で誤魔化せ!

「っ、あっ! す、すみません……!」

 白美はあたふたとした素振りをみせ、素っ頓狂な声をあげた。

「え、ええ……?」

「き、昨日みたお笑い番組のことを、先生の話で思い出してしまって、そうしたら、つい、思い出し笑いを――」

「えっ、お、思い出し笑い?」

「すみません、自分、こう見えても笑い上戸なところがあって、その、笑い始めたら、収まらなくって――ククッ、あっ、すみません」

 一拍の沈黙。

 白美は、ごくりと唾を呑む。
 そして、すぐに教室にクスクス笑いが広がった。

 先生も、口元に手をあててなんだか微笑ましげに笑っている。

「橙野くんが思い出し笑いなんて、新しい一面って感じかしら、皆」

 先生の言葉に、生徒たちはまた笑う。

(――作戦成功……)

「あはは……、以後気を付けます。すみませんでした」

「はい、そうしてね」

 白美は背を丸めて後頭部をさすりながら苦笑し、その場をギリギリおさめた。

(先生優しくてまじでよかった……。それにしても、昨日遅くまで起きてんじゃなかったわ〜)






 しかし、この日うつらうつらしていたのは、彼等だけではなかった。
 2年の日向、水戸部、小金井など、昨日の海常戦の疲れによって彼等はみな、授業中眠気に襲われていたのだ。

 その様子を片目に、リコは授業ノートと見せかけバスケ部についてのノートを開き、細かい書きこみの中に大きく書かれた「体力UP!」の文字を強調する。

 そして、ふと、今日は「あの日」であることを思い出したのだった。




(dream)

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