09Q 8
「お前らはッ! 何を考えてんだッ!」
試合を終えて、夕焼けの色が大分増してきた頃、黒子と白美を前にして火神が怒鳴り声をあげた。
「あのまま喧嘩になったら、勝てるつもりだったのかよッ!」
今は上半身黒タンク一枚になった火神が、上着を片手に拳を握り、ベンチの前に立つ白美と黒子に向かって声を荒げる。
その隣の黄瀬は相変わらず涼しい顔をして、彼等の様子を見守る。
「いや、100%ボコボコにされていました」
「てっめ」
黒子は、真顔で腕を上げると、片腕だけでマッスルポーズをとる。
「見てください、この力コブ」
「ねえしっ!!」
「――自分は黒子よりかあると思うけど、暴力は好きじゃないし、どちらかというと身体より心をボコボコにする方が得意だから……」
「ヒッ!? やっぱ紳士じゃねえ!?」
「冗談になってねぇッス」
「ごめんごめん」
ゾクッとした何かを感じて貌を強張らせた3人を前に、白美はニッと口角を上げた。
「それにしても黒子っちってときどき凄いよね」
と、黙っていた黄瀬が少し呆れたような、感心したような口調で言う。
あの状況で即彼等の元に乗り込んでいける勇気というか、行動力というか、中々だろうと黄瀬は思った。
「それでも、あの人たちは酷かったと思うよ」
「はい、僕もそう思いました。――だから行っただけです」
と、彼しては珍しく、黒子は拗ねた様な顔をして呟く。
「だっから、その先を考えろッ!」
「火神、落ち着こうよ」
「んなテメエもテメエだ! 怪我してんのに無茶しやがって! それこそ喧嘩になってたらヤバかったじゃねえか!」
「うっかり忘れてて」
「僕も」
「ッ、忘れてましたじゃねえよッ!」
「すみません」
「ごめん」
と、にわかに2人を心配して苛立つ火神と黒子、白美の会話の中で真顔で空気をしていた黄瀬が、何を思ったのだろうか。
「フッ」と小さく笑った。
「じゃあ、俺はそろそろ行くッスわ」
エナメルバッグを肩にかけ、にっこりして言うと、制服のジャケットをバサッと担ぐ。
それから、おもむろに少年の様に破顔し、言った。
「最後に、うのっちと黒子っちと一緒にプレイできたしね」
夕焼けの光を浴びながら、白美と黒子は、公園の出口に向かって歩いて行く黄瀬を見つめる。
ふと、数歩行ったところで、黄瀬は振り返った。
「あと、火神っちにもリベンジ忘れてねぇッスよ!」
「かっ、火神っち!?」
「黄瀬くんは、認めた人には『なになにっち』を付けます」
突然変なあだ名で呼ばれ、素っ頓狂な声をあげた火神に黒子はすかさずその意味するところを説明した。
「よかったね」
「イヤだけどっ!?」
最後に、黄瀬はジャケットを振り、「予選で負けんなよ!」と叫ぶとその姿を消した。
3人は鮮やかな夕焼け空の下、暫し黄瀬が消えた方を見つめる。
そのまま、黒子は火神に話しかけた。
「火神くん、一つだけ聞かせてください。あの話を聞いていましたか」
「決別するとかしないとか? てゆうか、その前に俺、お前と気ぃあってねェし。1人じゃ無理だって言ったのはお前だろ。だったら、いらねぇ心配すんな」
「……」
火神を隣に、黒子は少し沈んでいるともとれる表情で地面に眼を落す。
そんな黒子を、火神はじっと見下ろした。火神の背後に立つ白美もまた、黒子に強い眼差しを向ける。
「いつも光と共にある――、それが、お前のバスケだろ」
暮れゆく太陽を背負って立つ火神は、黒子の眼に、それ自体がまるで眩しく輝いているかの様に見えた。
そして、火神の背後、更に黒子から離れた場所に立つ白美もまた、眩い光となって輝く。
そのあまりの眩しさに、黒子は意図せず瞳を揺らした。
「火神くんも結構、言いますね」
「そうだね、意外」
「うるっせえ!」
黄から桃色、紫へと続くグラデーションを背景に流れゆく雲の下、影と光、そして、今はまだ眠れる光が集う。
その後、彼等は静かに、公園を発った。
★
三人がぞろぞろと続いて公園を出る頃、白美は、公園の前を真剣な顔をしてきょろきょろと辺りを見回しながら走るリコの姿を見つけた。
(おっと……)
ひょっとして怒られるフラグか。
白美は、微かに苦笑いをしつつ、リコに気付かないふりをする。
が、現実はそうは甘くなかった。
こっちくんなという白美の希望を見事裏切り、リコは数メートル先の公園出口に差し掛かった3人を見つけて指をさし、大声をあげた。
「あっ! いたっ! もうっ!」
白美は咄嗟に火神の後ろに避けたが、黒子は突如突進してきたリコを避ける間もなく、引っ張られる様にしてその場にはっ倒される。
「んなっ!?」
そして驚く火神の視線の先、道路にずてーんと前倒しにされた黒子は、リコによって思いっ切りエビゾリの刑にあった。
「よし、かえっぞー」
「うぐぐっ」
横を素知らぬ顔で通り過ぎていく日向や、それに続く火神、そして黒子と同罪――否、黒子以上に罪があるにも関わらずちゃっかり歩き去る白美に黒子は助けを求め腕を伸ばしたが、どうにもならない。
「か、かがみくん……橙野、くんも……。た、助け……」
火神は振り返ったが、隣を歩く白美に肩をぽんと叩かれ、そのまま黒子を見捨て先輩たちに続いて行った。
黒子は手で何回もギブのサインをしたが、動いていたその手も遂に地に墜ち、間もなく黒子は力尽きた。
(なんで、橙野くんは何もされないんです……か……)
怪我をしているという虚構は、なんともズルいと黒子は思った。
★
(別れて早速おくりつけてくるとか、どんだけ寂しかったんだよアイツ……)
こっそりと充電が切れているはずの携帯をいじりながら、白美は一人苦笑した。
(in a sunset)
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