05Q 1
 誠凛バスケ部――、部室。

 制服から練習着に着替える部員たちの中、はじめに着替え終わった小金井が、ふと部屋の中央のベンチの上に置かれた月バスに気付いた。

「お、あれ?」

――「偉業 全国三連覇 帝光中学『キセキの世代』に迫る」
 表紙には、大きく特集名が書かれている。

「これって、黒子が帝光にいた頃のじゃない?」

 小金井は雑誌を手に取り、隣で着替え終わった日向と頁を開いた。

「おぉ〜、1人1人特集組まれてるよ」

 日向はペラペラと紙をめくるが……、

「黒子は――記事ねぇな」

 黒子について書かれた記事は、どこにもなかった。

「6マンなのに、取材こなかったの?」

 小金井に尋ねられて、着替え終わった黒子が振り向く。

「来たけど忘れられました」

 黒子の一言に、二年三人は「切ねぇぇえ……」とそれぞれ声をあげた。

「そもそも、ボクなんかと6人は全然違います。あの6人は本物の天才ですから」


――「6人」。

 キセキの世代の当事者たちにとって、キセキの世代の天才は5人ではなかった。

「『6』人?」

「あっ」
(しまった――)

 黒子は口が滑ったと、部屋の隅で着替える白美の背を見て、それから一同を見回す。

(さぁてテッちゃん何言ってくれっちゃってるのかなぁ)

 チラッ、と振り向いた白美が、自分の目を見るなり淡い笑顔を浮かべたので、黒子は独りゾクッとしたものを感じた。
 しかし、黒子の言葉に、2年3人は既に反応していた。
 もう遅い。

 彼等は思った。
 キセキの世代は5人+黒子の計6人の筈だ。天才が6人+黒子とすると、計7人――。
 おかしい。

 その時、ペラペラと紙をめくっていた日向が、「おい」と隣の伊月と小金井に声をかけた。
 二人は、「ナニナニ?」と日向が開いているページを覗き込む。

「えーっと? 『キセキの世代には、5人の他に「トリックスター」と呼ばれる、天才5人と肩を並べる異才がもう1人』――?」

 小金井は音読し、「あっ」と日向達と顔を見合った。
――そう、キセキの世代には幻の6マンの他に、この『トリックスター』の噂があったではないか。
 どちらかといえば、6人目よりよく聞く名である気もする。
 そして、半ばタブー的な名だとか。

 一節では「幻の6人目=トリックスター」とまことしやかに囁かれていたし、ここにいる一同も黒子に出会うまでは、そういうことだろうと認識していた。
 しかし、「6人目」こと黒子は今ここにいる。
 そもそも、数々の噂と黒子はどうやったって結びつかない、否、絶対結びつけちゃだめだと思う。

「えーと? 『公式の試合出場回数は他の天才に比べて圧倒的に少ないものの、その実力は計り知れない』――」

「黒子の技もというか、トリックと言えないこともないな。黒子と被って半ば伝説化してるってことだよな」

「ってことは、やっぱり。黒子、キセキの世代の天才ってお前を抜いてホントは6人いるってことか……?」

「てか、トリックスターってヤバい噂のヤツだろ。最悪の外道って聞いたぜ」

 皆にかなり興味深々な様子で訊かれる。
 だが、黒子は話していいのか非常に迷っていた。
 根本的に黙っておくべきことだったろうに、うっかり自分が口を滑らせてしまったのだ。直接彼がそれだとバラしたわけではないものの、しかも、黙っている当事者の目の前で。

 黒子は、皆の目を盗んでそーっと白美の貌を見た。
 すると、「ったく」と彼の口が動き、吊り上る。

 白美は、一歩進み出て彼等の輪に入った。
 代わりに、彼等の疑問に答える。

「そうです。但し、彼は黒子と同様――いえ、それ以上に異質であった為に、全国制覇を取りに行くチームにはおさまらなかった。悪い噂も脚色された部分はありますが、根幹は否定しません。それにホラ、ここ。見てください」

 そう言って白美は、そっと雑誌の彼について書かれたページの一部を指さした。
 そこには、ポジション「PG/SF」と書かれている。

「『PG/SF』これって要するにだ、NBAとかで主に使われてる『ポイント・フォワード』のことだよな」

「PG、ポイントガードと、SF、スモールフォワード。両方こなす選手ってことでしょ?」

 日向と小金井の問いに、白美は「はい」と頷く。

「いや、え、ポイントフォワードって、要するにオールマイティで頭もいいってことですよね、先輩……。万能じゃないですか。でも、その上更に能力があるとか……」

 マジで解せぬ。1年トリオの1だけではなく、その場の一同が同じことを思ったのだろう。
 皆がそろって頷くのを見て、白美は小さく肩をすくめて苦笑した。
 話を続ける。

「キセキの世代には、それはもう優秀なSFとPGがいました。それに天才以外にも、優秀な選手が沢山いて、無論、選手層は言うまでもなく厚い。そして何より、彼は『トリックスター』と呼ばれただけあって、三癖も四癖もあるプレーを得意としていました。だから、それこそ天才5人のチームには、入る場所が無かったんです。しかもその外道な振る舞いから風当たりも悪くて」

 白美の話を聞いて、黒子は目を側めた。

 「なるほどな」、「へぇ」などと呟く一同の傍らで、オレンジと水色の目が一瞬交差し、また離れる。

 そして白美は、「因みに彼は日本のバスケに嫌気がさして海外に行ったそうです」と一言付け加え、先輩たちの「トリックスター」に対する警戒を解いた。
 と、彼等が内心少しばかりほっとしているとき。

「戻りましたぁ〜! カントク戻りましたぁ〜! 練習試合、okだったみたいッス!」

 部室に、坊主頭の一年河原浩一が笑顔で駆け込んできた。
 「おぉ〜」と、試合を心待ちにしていた一同は歓声をあげる。
 だが、「どこと組んだんだろう」という日向の問いに対して帰って来た言葉が、二年生の顔を青ざめさせた。

「さぁ〜、でもなんか、スキップしてましたけど〜」

 何気なく言う河原の前で、「スキップしてたぁ〜!?」と日向は眉間にしわを寄せて叫ぶ。
部内に、不穏な空気が流れる。

「おい、全員覚悟しとけ。アイツがスキップしてるってことは、次の試合の相手相当ヤベぇぞ……」

 震え声だ
 一年三人と二年二人は、日向の警告にごくり、と唾を飲んだ。

(opps)

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