20Q 1
 試合会場を覆う空は、一面の灰色の雨雲に支配されていた。風の音が広場を駆け抜け、雷鳴が遠く響き渡る。空気には雨の匂いが充満し、ついには湿って濃い灰色になったコンクリートの地面に、ボタボタと無数の水滴が点描を描き始めた。

 インターバルの間、会場には秀徳に対する感嘆と誠凛に対する失望のざわめきが広がる。

「結局ずるずる離されて前半終了かよ」

「てか終わりだろ? もう帰ろうぜ」

 秀徳の勝利を確信し、早々にして席を立つ者達もいる。
 だが、今しがた誠凛にくだされたばかりの正邦は、最後まで見届けるつもりなのだろう。席を動かない。

「つか、こんな差つけられたら、ウチも弱いと思われんじゃん」

 津川はそう言って、もっと頑張ってほしいと心の内で誠凛を応援していた。
 それは、正邦全体の共通意識といえるだろう。
 自分たちをくだしたのだ、もっと力をみせてほしい、と。

 しかし、秀徳の驚異的な強さを見せつけられていたのは誠凛だけではなく、観衆の中の正邦とて同じだ。

「だがウチがやっても勝てたかどうか……」

「たった1人の加入が、ここまでチームを変えるのか……」

 緑間真太郎、彼の力は正邦の面々の想像も軽く超えていた。
 流石キセキの世代、といったところか。

 一方、客席にいるもう1人のキセキの世代、黄瀬涼太は、あからさまに不機嫌な顔をしていた。

「んも〜、根性見せろよ誠凛!」

 苛々と顔を歪める。

 しかし笠松は、「みせてるよバカ」と黄瀬を制した。

「……?」

「あんだけ力の差見せつけられて、まだギリギリでもテンション繋いでんだ。むしろ褒めるぜ」

 それを聞いても黄瀬はまだ納得いかないのか、溜息をつきながら鼻を鳴らし、ドカッと脱力した。

 と、その時の衝撃で、黄瀬のポケットからイヤホンがつながったままのスマホが地面に落ちる。

「っあ」

 黄瀬はすぐさま拾おうとしたが、不意に大音量で聞こえてきた高い女性の声に、動きを止めた。

「続いては、おは朝うらなーい! みずがめ座の貴方は、今日は大人しく過ごしましょう! 一位のかに座の貴方は、絶好調! ラッキーアイテム、狸の信楽焼きを持てば、向かうところ敵なし!」

 会場のどこからか聞こえてきたその声に、ベンチで狸の信楽焼きを抱えた緑間は、思わず反応してそれを聞きこんだ。



 やがて、各校の選手達が一度フロアから引き、残された観客たちの間には更なるざわめきが広がる。

 そこでふと正邦の津川は、「それにしても橙野ともあろうものが何してんだよ」と呟いた。

「橙野? あの問題の白髪か」

 岩村に問われ、津川は頷く。

「アイツ、俺達の試合の時は散々やらかしてくれたのに、この試合ずっとベンチに引っ込んで精々話してるくらいだし。何か仕掛けるにしても、こんな状況ひっくり返すとか、できないだろ……いくらアイツでも」

 津川が懸念していることを気にかけているのは、黄瀬もだった。

「あー、つかうのっちとかうのっちとかうのっちとか、何やってんスかね、あの人。いつも通り口は達者ッスけど、実際負けてるじゃないッスか……、大体、怪我しててもうのっちなら緑間っちノすことくらいできるはずなのに。まだ発動前ってとこッスか? にしてもこっちからしたら、あ〜、もどかしいッスね!」

 黄瀬は更に苛々してきたようで、何時もより毒の混ざった口調で喋ると、バンバンと自分の太腿を叩く。

「ちょっと落ち着けバカ。つか、アレをノすって冗談だろオイ」

 笠松は黄瀬をまた制してから、俄かには信じがたい彼の台詞について尋ねる。
 すると黄瀬は、「ほんとッスよ」と笑った。

「うのっちのバスケは、ホントに凄いんス。ただその目的が、ちょっと皆と違ったってのがいけなかったのかもしれないッスけどね。あの人は正真正銘の化け物――、なんスけど。ほんとに何考えてるかさっぱりわからん」

 そう言って、ハァ、とため息をついた黄瀬を、笠松は横目にマジマジと見た。

「お前さ」

「??」

「橙野のこと話すとき、口悪いよな」

「まぁ、喧嘩する程仲がいい、って感じッスかね……、不服ッスけど」

「じゃあ自分で言うなよ」

 口をとがらせる黄瀬を、笠松は軽く小突いた。

 だがその矢先、不意に黄瀬の表情が変わる。

「ただ――……」

「どうした」

「俺としては思うんスけど、秀徳の様子を見た限り、うのっちは既に何か仕掛けてるはずッス。緑間っちのうのっちへの視線は、普通じゃない。んで後半、導火線に火をつけるはずッス。――でもなんでうのっちはそう回りくどい事ばっかするんスかねー」

 黄瀬は低い声でそう言うと、小さく溜息をついた。

(it's so irritating)

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