20Q 2
 ハーフタイムに入り、控室へと一時戻る間。

 白美は、重いオーラを背負った日向達と肩を並べて歩く、無言の伊月の肩を叩いた。

「ん?」

「先輩、ちょっといいですか」

 この状況で、自分にこっそりと何か伝えたいということは、まさか策か何かがあるのかと察する。伊月は歩くペースを落とし、頷いた。

 白美は、小さく一礼すると伊月の耳に口を寄せる。

「監督にはもう伝えましたが――第4Q、先輩の代わりに俺をPGとして出させて貰えませんか」

「……っ!?」

 普段より数段低い声でされた要求に、伊月は思わず目を見開いた。
 白美はまず、正邦戦で無理をしながらも出場し、既に消耗しているはず。
 それが、1番の勝負時であろう場面でPGとは。

「どういう意図だ?」

 尋ねた伊月に、白美は一拍置くと手短な説明を始めた。

「この試合、高尾以前に、緑間を攻略することが必須。それができるのは、高い跳躍力を持った火神だけです。しかし今の火神ではまだ低い。試合中に、彼がもっと高くなることが条件です。その為には、黒子の無力さを以て、彼にプレッシャーをかけなければならない。半ば賭けの様に思えるかもしれませんが、それしかない。そして、彼が完全に緑間を止めうるとしたら、第3Q後半。そうして訪れる第4Q――しかし、火神の体力を考えて、最後まで持つとは思えない。そして黒子の復活がなければ、勝てない」

「……ああ」

「でも、そこで俺がPGとして入れば、火神の補助ができます。そして――高尾を破ることができる」

 伊月は、白美の言葉に息を呑んだ。
 白美は伊月の目の前から一歩後退すると、ジッと彼の眼を見つめる。

「『鷹の目封じ』には、俺が出ることが不可欠なんです。そしてそれは、俺がPGについた時に最も効力を発揮します。それに――、PGは俺の本業ですから。お願いします」

 そして、頭を下げた。



 それから白美は、火神と共にいた黒子が1人になった瞬間を見計らい、彼に近づいた。
 黒子はすぐさま白美に気が付き、視線を合わせる。

「橙野くん。対処法って」

 黒子は白美に尋ねた。だが、白美は片手をあげてそれを制し、代わりに黒子にビデオカメラを渡す。
 不思議そうに手の中に納まったカメラに視線を落とす黒子に、白美は真面目な表情で視線を向ける。

「……これは?」

「第1Qと第2Q、俺が、高尾の動きを追跡して撮った。ミスディレクションの為の、観察の参考にしてくれ」

「えっ」

 黒子は貌をあげてまじまじと白美の横顔を見つめた。
 白美の表情は、普段なかなか見ない程に真剣で、思わずごくりと唾を呑み込む。

「第4Qからは俺も試合に出るからさァ。……PGでね。俺が――」

――「お前をかき消してやる」。

 数秒間の沈黙を置いて、重々しく放たれた言葉に、黒子はハッと息を呑んだ。
 そうして彼が何を考えて何を行うつもりなのかを悟り、息を詰まらせた。
 ともすれば、ずっと気にかかっていた正邦戦後のトイレ付近で見た白美の様子も、経緯の察しがつく。

 正邦戦の派手な演出も、今の試合中の派手な振る舞いも、まさか。

 白美がしたであろうことの全てを把握など、とても黒子にはできなかったが、白美が緻密に計算した上で試合に臨んでいるということは断言できた。
 そして彼はその過程で、自分という人間をあたかも奴隷を扱うかのように、過酷に立ち回らせているだろうことも、黒子には言いきれた。
 自由になる為には、自ら己を束縛しなければならない。自首自縛、今まさに、彼は己の首を自ら締め上げている。

 例えそれが、白美自身が招いた今だとしても、そんな。
 黒子はいたたまれなくなり、思わず、無表情で先を歩いている白美に、声をかけた。

「橙野くん、そんなことしなくても……!」

 背後から聞こえる悲痛な声に、白美は足を止める。
 黒子の言わんとすることはわかったが、この決意を今更揺るがすつもりはなかった。

 俯きがちに、口を開いた。黒子から白美の表情は、白髪に阻まれてうかがえない。

「……、勝利を求めるならば、非情にならなければいけない。俺がどうなったところで、俺の責任だ。覚悟はできてる。但し――」

――「お前らを負かす訳にはいかない」。

 白美は低い声で、独りごとかのように呟くと、ゆっくりと振り向いて後ろを歩く黒子にオレンジの双眸を向けた。

「でも……」

 それでも、黒子は眉間を寄せて辛そうな顔をする。
 だから白美は、安心させるかのように黒子に向かって微笑んで見せた。

「言ったよね、『下や後ろは、自分が引き受けるから』って。皆がひたすら前進上昇できる為に、って」

 黒子はそれを聞いて、白美の眼を漸く見て、それから彼が浮かべているのが、自嘲の笑みだと気付く。
 そして、恐らく彼は無自覚だ。

「……っ」

 また言葉を失った黒子を見て、白美はハハッと小さく笑い声をあげた。
 だが、彼にしても意図せず、そこから顔を背けた。
 自分の感情が自分ではっきりわからないところで、黒子に心の内に踏み込まれるのが怖かったのだ。

「だから……、頼むよ」

 暫くして聞こえた、細く、懇願するような小さな声。

「――俺を、信じて」

 消え入りそうな程の、なんとか絞り出したような白美の声を聞けば、黒子はもうハイと頷くしかなかった。

(please)

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