19Q 5
 いつの日だったか。
 夕暮れ時のコンビニ前で、キセキの世代7人はたむろっていた。

「なァ、涼ちゃん。涼ちゃん的に、いまんとこ一番『かっちょいい!』っつーシュートは何よ」

 黄瀬の買ったやけにバニラソフトクリームに勝手に齧り付くと、白美は気まぐれで話題を振った。

 頭部から肩に流れるのは、今現在の様な白色ではない。その時の空を彩る夕焼けよりも、更に鮮やかなオレンジ色だった。

 黄瀬は白美にソフトクリームの一口目をかじられたことに若干目じりを下げながら、笑って答える。

「一番かっちょいいシュート? そりゃあ、ダンクッスよ! やる方も見る方も一番スカッとするじゃないッスか」

 ポケットに左手を隠して佇む黄瀬の隣に、白美、その傍らに人ひとり分の空白を開けて、赤い髪の男が立つ。

 少し離れたところでガラスの手前、コンビニの中を覗くように黒子が立っていて、背中合わせに緑間が白美と黄瀬の方を向いていた。

 更にその奥では、青と紫色の長身2人が、白美達5人に背中を向けて並び、1人は何かを食べ、1人は携帯を弄っていた。

「あ、うのっちはどうなんスか?」

 黄瀬は、思いついたように白美に尋ねる。
 白美は考えると同時に、黄瀬が自身が手に持つチョコソフトに物欲しそうな視線を向けている事に気が付いた。
 食べさせてやると同時に、「うーん」と唸りながら開いている方の手でオレンジの髪を掻き上げる。

「そ〜だなァ、ッハ、ヒミツかな」

「っええ〜? 自分からふっといてなんスかそれ!」

 にやりと笑って答えれば、黄瀬は不満げな声を上げた。
 白美はムッと眉間に皺を寄せて黄瀬を一瞥すると、「しょうがないなァ」と呟く。

「え?」

「じゃ、俺もダンクが一番かっちょいいと思うってことにしといてやる。から、ソフトよこせ」

「んも〜、なんスかそれ! あげないッスよこれ以上! 自分の食べろ!」

 黄瀬はプンプンと頬を膨らませながらも、笑って言った。
 その様子を、おしるこの缶片手に2人を眺めていた緑間が鼻で笑う。

「だからお前らは駄目なのだ。より遠くから決めた方がいいに決まっているのだよ。何故なら、3点貰えるのだから」

 半ばドヤ顔で言い切った緑間に、黄瀬と白美は揃って空を見上げ、呆れた声をあげた。

 そして次の瞬間、同時に睨み合う。

「っちょ〜、なァ〜に俺のマネしてんだよ、わんこ!」

「ッハ? そりゃこっちの台詞ッスよ! つかわんこって何スか!」

 怖い顔で自分を睨みつける白美を、黄瀬も負けじと睨み返した。

「お前がわんこだからァ〜? それに俺は安定の真ちゃんに思わずこんな反応しちゃっただけだし」

「だからわんこじゃないってば! 俺だってそうッスよ! あー、もうめんどくさい! もういいじゃないッスか、『ハッピーアイスクリーム』で!」

 黄瀬は、満面の笑みを白美に向けた。
 だが白美は、笑いながら舌打ちすると煩わしそうに顔の前で手を払う。

「あ゛? それが嫌だからくだらねェ言い争いしてんだろうがっての〜」

「っちょ、酷いッス! つか笑いながら否定すんなよ! ったく……」

「うわ〜、涼ちゃん言葉遣いわっる〜い。金髪長身で言葉遣い悪いと相当恐いと思わねェ? まあいいけどさァ。ハッピーアイスクリームとかむしろ知らない奴の方が多いだろ。しゃあね、ハッピーソフトクリームで許してやる」

「どっちみち俺ソフトクリーム奪われるんスか!?」

「うっせェし。なァんだよ物欲しそうな目しやがって。ッハ、犬のモノマネしたら俺のも喰わせてやる」

 白美は黄瀬のソフトクリームにまた齧り付いてから、ほれ、と黄瀬を促した。
 黄瀬は顎を引いてむっつり顔をすると、渋々ながらにモノマネ体勢に入る。

「えぇ〜……、――ワン。――って、オイ! 何撮影しちゃってるんスか!!」

 犬のポーズをしたところで、丁度聞こえたシャッター音に、黄瀬は思わず白美の携帯に飛びついていた。

 だが白美の力の強さに直ぐに負け、携帯は敢え無く奪い返される。

「うわぁ〜、さっすがモデル! キャー素敵ー!」

「肖像権の侵害ッス! 消せ!」

 黄瀬の叫びを聞いて、白美は盛大にびっくりのリアクションを取った。

「ええっ!? 涼ちゃん肖像権なんて知ってたのかい」

「もう、知ってるッスよそんくらい! 大体、こないだのテスト勉強の時にうのっちが公民教えてくれたじゃないッスか」

「嗚呼、そう言えばそんなことがあったな……。じゃあ、ソフトあげなくてもいっか」

「いや、嘘は駄目ッスよ!?」

「涼ちゃん、『トリックスター』が嘘つかなかったら『トリックスター』じゃないよそれ」

「うわあああああっ! 白い目で見るのやめてえええ!」

 弄る白美と、弄られる黄瀬。

 特に白美などは、自他共に認める超が付く問題児にして、人付き合いも決して穏やかではないが、黄瀬とはうまくやっているということを緑間たちは皆知っていた。

 何も、黄瀬がバスケをやり始める以前からつるんでいた仲だという。

 だが、それにしても――。

「……どうしていつも、こうも騒がしいのだよ。それにソフトクリームより、お汁粉の方が良いに決まっている。解せぬ」

 なんだかんだでじゃれ合っている白美と黄瀬の声の傍らで聞こえた、ボソッとした緑間の呟きに、シェイクを飲みながら黒子もボソッと呟く。

「橙野くんと黄瀬くんもそうですけど、緑間くんって頭いいのにたまにアホですよね」

「っ、何ッ!?」

 緑間が即座に反応すると同時に、騒いでいた2人も真顔で事実を述べた黒子に、視線を向けた。

「黒子っちストレート」

「俺はアホじゃねえし。俺がアホなら主将もアホ。みんなアホ。でも真ちゃんはたまにアホ」

 白美はにやにやしながら、敢えての淡々とした口調で緑間に告げた。

「んなっ……!」

「だって、2点右開き3点だから俺達は駄目だとか」

「えっ、その話題まだ続いてたんスか!?」

 突っ込む黄瀬の隣、白美は肩を竦めて「どうなんだ」と緑間に視線を向ける。
 白美に促されて、それからアホといわれた焦りから、緑間は慌てて考えを説明しはじめた。

「2点ずつと3点ずつなら、多い方がいいに決まっているだろう」

「子供ですか?」

 振り返って尋ねた黒子を見下ろして、緑間はフンと鼻を鳴らして笑った。

「シンプルだから真理なのだよ。いずれ俺が証明してやろう」



 思い出し、白美は、自分はどれだけ黄瀬と馬鹿やっていたんだと若干頭を抱えつつ、緑間の核はあの頃から何ら変わっていないのだと改めて痛感した。

 そして今、あの日の言葉を緑間が本当に果たそうとしている。

 緑間の2連続シュートにより、誠凛はまた追い詰められて切羽詰っている現状。
 2人ばかりに頼ってはいられないと、先輩達も全力で攻撃をしてシュートを決めるが、直ぐに緑間が長距離3Pで取り返し、更に差を付けに来る。
 火神が止めに走り、跳ぶが、緑間の高さゆえに届かない。
 緑間の3Pが、止められない。
 3連続でシュートが決まり、点差以上に心が追い詰められていく。
 会場に広がる歓声すら、彼等の心を焦らせていく。

(こんな、いったい、どうやって止めればいいの――?)

 監督であるリコも、縮まる残り時間とじわじわ開いていく点差に、なすすべを失って立ち尽くしてしまう。

「まじいな、いよいよ誠凛、限界だな」

 客席の笠松からしても、誠凛は明らかに劣勢に立たされていた。
 黄瀬は、言葉を失い目を大きく開いてフロアを見下ろすことしかできないでいる。

 対し、緑間以外の秀徳の面々は余裕すらみられる調子だ。

「すげえすげえ!」

 高尾がディフェンスに走りながら声をあげる。
 口元も声音も笑っている。

 その直ぐ前方を走る木村と宮地は、最早脱力気味だ。

「つか俺らは暇すぎて退屈」

「木村、やっぱパイナップル貸して」

 どこかだるそうにも取れる声音だった。


 白美は、これを前にしてあの血の気の多くどこまでも好戦的な火神が、黙っているとは到底思わなかった。

 案の定、彼等を前にして火神は笑った。


(from downtown)

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