02Q 1
 その数日後の放課後、誠凛高校では入学後初の部活が行われていた。

 男子バスケットボール部もしかり、広い体育館の舞台側のコートには仮入部員と二年生、椅子に座った顧問の武田先生――、そしてマネージャーではなく『監督』の相田リコが揃い踏みしていた。

 リコをマネージャーだと思ってコソコソ話をしていた一年二人は、「ダァホ、違うよ」と背後から二年主将の日向に殴られ、「いってー」と頭を押さえる。
 そんな彼らの前に立ち、リコは改めて「男子バスケ部監督、相田リコです、よろしく」と挨拶をした。
「監督」という言葉に驚く一年生達は大いに驚いていたが、彼女の役職を知って驚くのは珍しいことではない、よくあることだろう。

 因みに、一番右奥の前列に火神が立ち、その後ろで、黒子はミスディレクション中である。白髪長身の姿は無い。

「さあ、武田先生の紹介も済んだところで――」

 と、暫く話した後に、リコは彼らに背を向けた。

 そして俄かに声を張る。

「まずはお前たち、シャツを脱げ!」

「……は? って、えええええええええええええええええええええええええええええええええ!? なんでぇえええええええええええええええ!?」

 一年生はリコの突然の命令にそろって叫んだが、リコのフィジカルチェックと知って各々おずおずとそれに従う。


――ところで。
 そんな彼らの様子を、脇から鋭い目付きで見下ろす者がいた。
 リコが肉体を見ただけで身体能力を言い当てるのを見て、ニヤッと口角を上げる。

(なるほど、目視で能力がわかる、と。なるほど、スポーツトレーナー、か。面白い)

 何故か二階の手すりの向こう、壁の奥から顔をちらっと覗かせ、一同を観察する――白美だ。

 その時、観察対象のリコは自分が見られていることを知らないまま、火神の前で呆然と立ち止まっていた。

「なんだよ」

 目の前にするのは、分厚い筋肉に無駄なく覆われた大きな身体。

(何コレ、全ての数値がズバ抜けてる……!? こんなの高1男子の数値じゃない! しかも、伸びしろが見えないなんて……! うわ、生で初めて見る、天賦の才能!!)

 肉体を見て、その者の身体能力を数値化して見ることのできるリコにとって、火神の身体は空前絶後のホンモノのソレだったのだ。
 美しいものや、珍しいモノを前にした時誰もがそうしてしまうのと同じように、リコは火神を見て言葉を失い、思わず見入ってしまう。

(彼女の目から見てもあの男、バケモノくんか、これは、予想してなかったけどやっぱりオモシロソウだねぇ)

 白美は、そんなリコの様子にさらに笑みを深めていた。


 と、暫くしてリコがあまりに火神をガン見しているので、日向が「何ボーッとしてんだよ」と不機嫌気味に口を出した。

 リコは、「あ、ごめん」と謝り次の部員をチェックするべくボードに目を落す。
しかし、そこで日向が言う。

「全員みたっしょ、火神でラスト」

「え、そう? あれ、黒子くんって、この中にいる? 後は、マネージャー志望の子――名前はこっちで調べたけど、橙野くん」

 マネージャー志望の彼は学籍番号から名前を特定するしかなかったが、教員に事情を説明して教えてもらえたのはようやく今日だった。

「ああ、あの帝光中の」

 自分としたことが忘れかけていた、と日向は苦笑いした。

 「えっ、帝光?」、「帝光って、帝光?」と、仮入部陣の間には既にざわめきの声が広がっていた。

 それだけ、帝光の名は力を持っているのだ――特に、この世代においては。

 だからリコは、おかしいな、と辺りを見回しはじめた。
 名無しのマネージャーは特にだが、あれほどの強豪にいたのなら、見て直ぐにわかるに違いない、そう思っていた。

 しかし今まで見た中に、火神以外に凄い、と言える者はいなかった。

 リコは、やっぱりおかしいな、と眉をひそめる。

「はっ、流石黒子、早速消えてやがる。でも俺の名前を聞いて、動揺しているね」

 白美は彼らを見下しながら、薄らと口角を上げた。

「今日は、休みみたいね〜、いいよ〜、じゃあ練習始めよ〜!」

 遂に諦めたリコが、声を張った――瞬間その目の前超至近距離の場所に、フッと現れた白いシャツの男子。

「あの、すいません。黒子はボクです」

 リコは、完全に固まった。手をあげたまま、口と目を開いたまま、ピシッと。
瞳孔だけが揺れる。そして。

「うわぁああぁあぁあああああああああああああ〜〜!!!!!!!!!!!!!!!」

 リコの悲鳴が、体育館一杯に響き渡った。

「まぁ、怖いわな」

 リコのナイスなリアクションに白美は再びふっと笑うと、スッと彼等から視線を離した。


(そろそろ貌をだしますか)

 踵を返す。

 
 長い白髪が、窓から差し込む光をうけてキラキラと輝いた。



(Let's go)

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