14Q 1
 IH予選トーナメント、準決勝。

 この日も、試合会場になっている体育館には、大勢の選手、関係者、観客が集まっていた。
 体育館の中では、バッシュとボールの音や選手達の気合いの入った声に彼等への声援が、絶えず止むことが無い。

 その広いフロアの上を、誠凛高校バスケ部1年レギュラー、火神もまたボール片手 に息を切らして走っていた。
 目指す先のリングに凄まじい速度で接近すると、彼はボールを手に一瞬で宙に飛躍する。
 そのままあっという間にボールを叩き込み、リングにぶら下がりながら弾んだボールを掴んで地面に降りる。

(相変わらずスッゲェ跳躍力。タイガー気合い入りまくっちゃってんじゃん)

 すぐ傍らで火神を見ていた白美は、闘志漲る火神の姿を前にして、微かに口角を緩めた。

(つっても……)

 ふと、白美は表情を消し、長い白髪を垂らして俯く。

――片手には、バスケットボール。
 足元には、最近世話になっている「白い」バッシュ。
 自分が今立っているのは――他でもない、コートの上。
 貌を上げたなら、リングが真っ先に眼に飛び込んでくるのだろうと思った。
 白いネットが、俺に、その手にあるボールで揺らしてくれと懇願する。
 このボールもまた、あの輪の中をくぐらせてくれ、とねだる。

 コート上を駆け巡り、ボールと。
 そして何より、ここにいる大勢のプレイヤーたちと――今直ぐにでも、戯れたい。

 でも、目先の欲望に狂わされる程、自分は単純にできていないのだと、白美は薄く笑った。

 これからそう遠くない未来、もっともっと素晴らしい悦びに浸る為に。

 今はこの白いバッシュで、目の前の相手を踏みつけてやる。

 高鳴る心臓を押さえつけ、白美はゆっくりと顔をあげた。

 穏やかな眼差しが向かう先では、火神が、緑間と無言で視線を交わしている。
 というより、半ば睨み合っている。

 なるほど、良い緊張感だと白美は頬を緩めた。
 その時、白美の脇を怖い顔をした日向が通り過ぎる。
 彼は思いっ切り火神を睨んでいて、自らの接近に気付きもしない火神の背中にずいと迫った。

「ガン飛ばす相手がちげえよ! ダァホ!」

 日向は火神の頭を掴み、無理矢理相手達の方に向ける。

「ッでっ!」

 火神はその手を咄嗟に振りはらい、首の後ろを抑えながら、何すんだと日向を睨んだ。

「幾らとばしても、次負けたらただのアホだろうが!」

「ちょっと見ただけっすよ。ちゃんと次の相手に集中してるっす」

 火神はそう言うと、試合前の調整をしている相手――特に津川の方を見る。
 白美も、それにつられて彼らの方に顔を向けようとした。

 だが、突き刺すような鋭い視線を視界の端から感じて、白美ははっと首を動かした。
――緑間だ。

 途端に無表情になった白美と、眉間を狭めて怖い顔をした緑間と、二人の間にピリッとしたものがはしる。

 十数秒に渡る無言のやりとりを切ったのは、白美の方だった。
 視線を彼から手の中のバスケットボールに移すと、フッと口元だけわらった。

 緑間からすれば、その笑みの意味は定かではなかった。
 そして、くるりとかかとで回り、自身に背を向けて離れていく白美の背中はまるで知らない人のそれで、緑間はますますわからなくなった。


「橙野――」

 彼の呟きは、直ぐに会場の音と熱気にかき消された。



(foxy man)

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