13Q 5
 正邦の予選動画を、誠凛、秀徳の1年レギュラーたちは、各々人気のない部室でチェックしていた。

 高いディフェンス能力に、苦戦する対戦相手達。

「成る程、確かに王者と名乗るだけはある。ディフェンスは特に固いな」

 流石秀徳とも言うべきか、広々とした部室の中で、大きなTVを前にして緑間が言った。
 その後ろでは、高尾が腕を組んで鋭い眼差しを画面におくっている。
 口角は吊り上っているが、纏う雰囲気は臨戦態勢とでも言うべきか。

「ただ……」

 ただ少し、彼等正邦の動きには気になる所があった。
 緑間は呟く。

 共に、誠凛でも火神たちは緊張をはらんだ部室の中で、彼等の試合に違和感を感じていた。

(コイツらの動き、なんか変――つか、リズムが違う? なんだこの違和感……っつか、この感じ――!)

 そして、火神も黒子も、ほぼ同時にハッとした様子で、部室の隅から画面を眺める白美に、視線を向けた。

 それは、言われも無い、既視感。
 気持ち悪さは正邦の方が下だが、映像から感じる違和感は今しがた見た「それ」と酷似していた。

「まさか、橙野くん、知ってて……」

 流石に予想していなかったと驚いている黒子に、白美は唖然とする火神の眼をかいくぐり、小さくウィンクを返した。
 

――「忘れちまったけど、なんか、この学校の練習は特別なんだと。どうやってるかわかんないけど、機動力がやけに高い。ディフェンスなら東京最強だとさ」。
 秀徳にて、高尾は言った。

 白美も同様に、二人に説明をする。

「うん。自分は実の所、もうこの動画は拝見済みだよ。それで、今日の部活でああいうことをしてみた。とはいえ、自分と彼等じゃかなり違うけど、共通していえることもあるから、さ」

「マジかよ……」

 火神は、やっぱしらがはすげえ、なんて思いながら、画面に視線を戻した。
 そこで気になることがあって、画面を一時停止する。

「この坊主頭のディフェンス、特にしつこいな」

 頬杖をついて画面を凝視する火神の視線の先には、10の背番号を付けた坊主の選手。
――白美が、口角を上げる。

 同時に黒子も、小さく反応した。

「この人、知ってます」

「あん?」

「中学時代、対戦したことがあります。当時はまだ初めて間もないとはいえ、黄瀬くんを止めた人です」

「その上、『トリックスター』に同族認定を貰ったという名誉な歴史も持ち合わせてる」

 火神はハッと顔色をかえ、それから眉を寄せた。

「えっ! ――つか、なんだそれ」



――それは、近いけれど遠い、あの日。

 体育館に、審判の笛の音が響く。

「24秒! オーバータイム!!」

「あれぇ?」

「黄瀬ェ! てめえ持ち過ぎだ! バカ!」

「スンマセぇン!!」

「黄瀬ちーん、カンベンしてよー」

「だからお前は、駄目なのだよ」

「黄瀬くん、ちゃんとボール回してください」

「えっ、黒子っちも怒ってる……!」

 背後から突き刺さる冷たい黒子の眼差しに、黄瀬はボールを持ったまま貌を引き攣らせた。

「黄瀬だけだぞ。ノルマの20点を取ってないのは」

 4番――赤髪の主将も、静かに黄瀬に告げた。

 黄瀬は、ボールを持ったままピシッと姿勢を正す。

「すんませんッス!! でも、うのっちに黒子っちだって……」

「黒子は別だ。だいたい、彼はベンチだろう」

「ほ〜んと、涼ちゃ〜ん。言い逃れしようったって無駄だぜィ」

 更には、ベンチで足を組むオレンジ髪の男から、おちゃらけた様な口調で、しかし突き刺すような眼差しで責められる。

 黄瀬は、むすっとして目の前の坊主頭を睨みつけた。

「名前は!? アンタのせいで、俺だけ今日やきいれられるッスよ!?」

 すると目の前の坊主頭は、真顔で「津川智紀だ」と答えた。

「そうか、やきいれられるのか……、楽しいな〜、人の嫌がる貌は、ホントに楽しぃ〜」

 そして、破顔する。
 黄瀬はこれには狼狽した。まるで誰かさんだ。

「何この人……。誰かマーク変わって欲しいんスけど?」

 溜息をついて、辺りをキョロキョロと見回す。
 その時、ベンチからオレンジ色の髪の男が、立ち上がった。

「あ、征ちゃーん。俺ちょっと出たいんだけどさァ、テッちゃんそろそろ引っ込める頃っしょ。何、ソイツ俺のお仲間さんじゃん。ちょっとやらせてよ」

「えっ、うのっちのお仲間!?」

「だって、人が苦しむところを見るのが好きなんでしょ? 同族じゃん。征ちゃん、俺も今から20点取るからさァ、出して出して。」

 彼はオレンジ色の髪を靡かせて、主将に向かって言った。

「そうだな……、いいだろう。審判、メンバーチェンジ」

 黒子が、浮かない貌でコートを出る。
 代わりに、オレンジ色のバッシュがコートのラインを跨いだ。

「ま、同族の中でもヒエラルキーは俺の方が圧倒的に上。やろうか、津川クン」

「あぁ? どっかで聞いたぞ、それ」

「大ちゃんは黙ってな、さて、涼ちゃんよぉーく見てな。マークは、こうやって潰すんだよ……」

 それからというもの、津川は彼に徹底的に振り回された――ただし、彼が最後まで折れることはなかった。

 そのディフェンス力は、本物だった。



――「正直、俺もあまりやりたくないな。彼とは」。緑間は、画面に映る、また進化したらしい津川の姿を見て、言った。

「けど相手するとしたら緑間だぞー? ディフェンスだけなら全国クラス――てか、お前すら止められかねねぇ。コイツを余裕で止めたっていうあの『トリックスター』? 確かに化け物だったんだろうが、怪我してちゃなぁ」

 高尾は、椅子の背を抱き締めながら言う。

「終わったなァ、誠凛じゃこの鉄壁は崩せねぇわ。残念だけど決勝はやっぱこっちだな。ちゃんと考えとけよ?」

「わかっているのだよ」

 緑間は、いつもよりワントーン程、低い声で返事をした。

(だが実際――)


――誠凛が負けるとは、思えなかった。





 して。
 無論、誠凛バスケ部は正邦に負ける気などさらさらなかった。
 相手は王者と呼ばれる連中だ、そのディフェンス能力の高さなど知っている。
 だが、負ける気はなかった。目指すは日本一だ。

 現に、こうして昼休みを使って空き教室に集まり、DVDのチェックや作戦立てをしていた。


「わかっていたことだけど、正直やっぱ厳しいな」

「てか、その、また泣きたくなってきた」

 映像を見終わり、シーンとした空気の中で、二年生に一部が不安げな声をあげる。

「正邦秀徳とも、10回やったら9回負けるわ。でも、勝てる1回を今回持ってくりゃいいのよ」

 リコは言うが、とはいえ確かに現状では厳しいものがあった。
 その時、黙っていた日向が、口を開けた。

「あのさ」

「ん?」

「作戦って程じゃねえけど、橙野、お前のおかげで1つ思いついた」

 日向の言葉と、その意志の籠った目つきに、白美は柔らかく目を細めた。
 しかし、一同は頭に?を浮かべて日向から白美に視線を移動させる。

「――どういうこと? 日向くん」

 問われた日向は、白美を横目で見つつ苦笑気味に言う。

「『プレイにノイズを入れることで、リズムをずらして――』だっけ?」

「……、確か橙野くんは、僕たちより先にカントクとDVD、見てたんですよね」

 黒子がボソッと言った直後、リコは「もしかして」と白美に向き直る。
 日向は相変わらず苦笑だ。
 白美は、肩を竦めるとクスリと笑った。 

「気付いてもらえてよかったです。ねえ、日向先輩」

 




(橙野、想像以上に狡猾だな……。これはホントに、注意してないと危ないぞ)

(Trickster only knows)

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