07Q 3
 その頃、海常高校体育館では、変わらず誠凛と海常が、バスケコート上で熾烈な戦いを繰り広げていた。
 黒子が戦線を離脱し、海常は誠凛の戦力が大きく削がれたと思って疑わなかった。
 確かに戦力は落ちたと言え、しかし現状はそれほど甘くない。

(黒子がいた時程じゃねぇが、チームオフェンスもやりやがる! 4番のシュート力、上手く生かしてんな!!)

 海常は、ここぞという場面でキメる主将、日向を中心とした誠凛2年衆の攻撃を、自分より格下の相手による物だ、などと見下すことは毛頭できないでいた。
 更には、火神による全力の黄瀬マンツーマン。
――信頼関係が無ければ、成り立たない攻撃と守備。

 海常は、思いの外、誠凛に苦戦していたのだ。

 けれども誠凛は決して優勢でもない。リコと白美、ベンチメンバーは、黒子の手前で緊張の面持ちで試合展開を見守っている。

 第2Q 残り1分30。 

 スコア、48-52。海常のリード。

 黒子は、白美に「全力で休め」と今しがた言われたこともあり、軽く意識をあっちとこっちに彷徨わせていた。

 試合は進み、第3Q。

 スコア、68-74、海常のリード。

――コートでは、日向がシュートを決める。

(やっぱしんどいっつーの、黒子抜きでパワーダウンしてるし、俺の集中力も切れてきちゃったし! ってか逆転とかできる気しねぇ……!!)

 しかし日向の心の声通りに、実際誠凛メンバーは息も絶え絶え、点差を離されない様に海常に食らいつくだけでも精一杯だった。
 日向のクラッチタイムも限界、護りは全力でやっているとして、攻めが衰えれば一気に突き放されかねない。

(そろそろ、時か……)

 何時崩れてもおかしくない、ギリギリの崖っぷちで、点差は現在6点。
 白美は、身を屈めて黒子の傷の手当、包帯の巻き方等に少しでも欠陥が無いかをチェックし始めた。
 処置が万全であることを確認し、白美は黒子のコンディションを窺う。

――試合に参加できない状態、ではない。

 白美は、黒子の頬に手を伸ばす。

「監督、何か手は無いんですか!!」
 
 その頃1年河原が、隣に座るリコに焦ったように尋ねた。
 この状況が不味いことは一目瞭然、彼にもリコにも、他の面々にもわかっていることだった。

 白美は、俯いた状態で数秒間目を伏せると、黒子の頬にそっと手を開てる。

「――時間」

 と、黒子にしか聞こえないぐらいの声量で、彼の耳元で低く囁いた。

(……、はい)

 黒子は、白美の処置のお陰で随分と身体が軽くなっていることに、気付いていた。
 傷の痛みも殆ど無く、ふらつきといえば若干あるものの、それ以外に悪い所はない。
 黒子は、本当に僅かに頷くと、身体を起こしにかかる。

「前半のハイペースで、策とか仕掛けるような体力残ってないのよ……!」

 背後で起こっていることに気付かないまま、リコは1年生の問いに答えた。

「せめて黒子くんがいてくれたら……」

 リコは、悲しそうな顔をする。
 黒子の欠けた穴は、とても大きくて。
――それは即ち、黒子が最早、チームに必要不可欠な存在になっている、ということでもあるのだが。
 黒子は、右手をピクッと動かす。

「――わかりました」

「へ?」

 背後からナイスタイミングで聞こえた声に、リコはきょとんとして振り返った。
 黒子は、しゃがむ白美と救急箱の傍ら、マットから身体を起こす。
 何気なく差し出された白美の手に引き上げられ、黒子はゆっくりとマットから立ち上がった。
 誠凛メンバーは、生き返った黒子を驚きの目で見る。

「おはようございます」

 頭に包帯を巻いた黒子は、血が流れていた時のクセのまま、左目を閉じてリコの顔を見た。

「じゃ、行ってきます」

 そして、ゆっくりとコートの方に歩み始める。
 白美は背後の壁に持たれて腕組みをし、黒子の姿を冷静な目で見ていた。
 しかし、リコは落ち着いてはいられなかった。

「ちょっと! いやいやいや、いい! 何言ってんの!」

 けが人を、無理に試合に出す訳にはいかない。
 リコは、黒子の前に立ちふさがった。

「でも今行けって、監督が……」

「言ってない! たらればが漏れただけ!」

「じゃあ出ます」

「オイっ!!」

「ボクが出て戦況を変えられるなら、お願いします」

 リコは、何より黒子が心配だった。
 なのに、黒子は真っ直ぐな眼で試合に出たい、と主張してくる。

「それに――、約束しました。火神くんの影になる、と」

「っ」

 誠凛一同は、黒子の強い意志がこもった言葉に、息を呑む。

「――先輩、黒子のコンディションはそこまで悪くはありません。それに、黒子くんが出なければこの試合――、わかりますよね?」

 怪我人を試合に出すのは、正直不本意ではないが、白美も、リコに静かに言葉をかけて黒子の背中を後押しした。

「っ――、わかったわ……。但し、ちょっとでもアブナいと思ったら、直ぐ交代します」

 リコは、白美と黒子の押しに負け、強い口調で言った。




 黒子はコートに向かって歩き出した。

(I shall change the the flow)

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