07Q 2
「っ、ふぅ……、はっ、はっ、……ぐっ」
 
 澄んだ青空の下、住宅街の路を、木製のリアカーと男が、ゆったりとした速度で進んでいた。
 灰色に塗装されたアスファルトの路を、黒い2輪がゆっくりとしたペースで転がり進む。

「ぐっ……、はっ、……はっ、はっ、たはっ……、はっ、はっ――」

 黒い制服を着た黒髪の男は、荒い息遣いで自身の乗る青色の自転車のペダルを、立ち漕ぎして回していた。
 その容姿から見るに、学生だ。
 黄色い帽子に青のジャケット、黒のランドセルを背負った小学生と思しき子供が、車道を挟んだ歩道にて立ち尽くして、過ぎゆくそれを見守る。

 と、いうのも。
 青い自転車の後ろには、何故かそれに引っ張られて走る、木製のリアカー。
 そして、自転車で引っ張る男に背を向け、リアカーの縁にもたれ座る、黒い制服を纏った超長身かつ緑色の髪の男。

 つまり、自転車がリアカーを引っ張っていて、さらにその荷台には何故か男(同様に学生)が乗っている。
 そんな謎の図式だ。

 驚くのも仕方あるまい。

 さて、眼鏡をかけた緑色の髪の彼は、膝を軽く折った状態でどこか優雅に台車に座っている。
 そして軽く持ち上げられた左手には、何やら飲料が入った缶らしきものを持っていた。

「くっそ、信号待ちでっ、じゃんけんなのにっ……」

 対し、自転車の男は、息遣いからもわかる様に相当キツそうに走っていた。
 人ひとりを乗せたリアカーを引っ張っているのだ――、決して楽ではあるまい。

「リアカーだ」

 小学生の少年は、その常ならぬ走行物を前にして、目をぱちくりさせた。
 その自転車とリアカー、合わせてその名もチャリアカーは、高く並ぶマンションズの前の路を、比較的滑らかに進んでいく。

「お前、一度も漕いでなくね?」

 黒髪の男が、リアカーに座る男に話しかけた。
 緑色の髪をした彼はそれを聞いて、ぐるぐるとテーピングされた指で掴んでいた、「老舗甘味処 『おしるこ』」と書かれた缶を持ち上げ、振り向きざまに口角を持ち上げう。

「そんなの、当然なのだよ。なぜなら、今日のおは朝の星座占いで、俺のかに座は1位だったのだから」

 男は、低い――だが冷涼な響きを持った声で、どこか論理的な口調で言った。
 「占い」という時点でどこかズレているのだが、彼にとって、おは朝占いで自分の星座が1位=リアカーを一度も漕いでいない、というのは理外の理らしい。
 男は、口元に小さな微笑を湛えながら、あくまでもクールに言い放った。
 そして、おしるこの缶を口につけて、くいっと中身を喉に流し込む。
 彼の涼しい言葉を聞いて、「それ、関係あんのそれ!!」と、自転車をこぐ男は叫び声をあげた。
 占いでどうして自分ばかりがツラい思いをしなければいけないんだ、トンデモ理論すぎるだろう、と彼は内心頭を抱えていた。
 が、今はそれ以上の追及を避ける。

 この相手には意味がない、とわかっているからだ。

「――つーか、わざわざ練習試合なんか見るくらいだから、相当デケェんだろうな、お前の同中!!!」

「……」

 不意に運転手から切り出された言葉を聞いて、緑の髪の男はおしるこの缶を口から離した。
微かなおしるこの飛沫が、彼の口と缶の間に散り、消える。

「真似っ子と、影薄い子だね」

 後ろから聞こえる涼しいヴォイスを聞いて、運転手の彼は顔をぐしゃっと顰めた。
 
「それって強いのぉ!?」

 間髪入れずに叫ぶ。
 その頃にはゆっくり走っていたチャリアカーも、マンションの並ぶ前を抜け、住宅街の塀の向こうに消えるカーブした道に差し掛かろうとしていた。

「それより早く、試合が終わってしまう」

「おー前が占いなんか見てたからだろぉおおおお!?」

 至ってマイペースな後部座席の男に対する運転手の叫びが、住宅街の電柱や屋根の間から覗く、綿雲が浮かぶ眩しい水色の空に響いた。

「はぁっ、ん゛んっ!!!」

 運転手の学生は汗だくになりながら、ひたすらチャリアカーを進め続けた。

(chariacar)

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