03Q 3
 その夜、火神は学校帰りにすきっ腹を満たす為、一人ハンバーガーショップ、通称「マジバ」に訪れていた。

「ありがとうございました〜」

 マジバの店員が、笑顔で頭を下げるのを背に、火神は席に向かって踵を返す。
 隣のカップルが唖然として見送る、彼のトレイの上には、10個どころの騒ぎではない、ハンバーガーの山。
 食欲まで超ド級というわけだ。

 客と言う客に呆然と見送られていることを気にする素振りもなく、そのまま火神は静かに窓際の席についた。
 黒いトレイを机に置き、バッグを隣におろす。

「あむ……――ん」

 何も考えず、窓の方を向いてハンバーガーに齧り付き――、向かいの椅子に座ってシェイクを飲んでいる黒子に気が付いた。

「どおおっ!」

 食べ屑を散らして、驚きのあまり言葉を失う。

「どうも」

 火神は、口の中のハンバーガーを大げさにごっくんと飲み込むと、飽きれ気味に黒子を睨んだ。

「どっから! っつか、なにやってんだよ!?」

「僕が先に座ってたんですけど……好きなんです、ここのバニラシェイク」

 黒子の言葉を聞いて、火神は鼻で笑った。

「っは、どっか違う店行けよ」

「嫌です。というか、今火神君が座っている席にはさっきまで橙野くんが座っていました。今はトイレに行っているから居ないだけです」

 黒子に拒否されて、火神は机に腕をついて上体を屈める。

「誰かに見られたら、仲良いと思われんだろうが。つか、お前ら仲良かったのかよ」

「元々通いつけのお店なんですよ。橙野くんとは――昔の馴染みですから」

 それを聞いて火神はため息をつくと、「ほらよ」と自分のハンバーガー山の一角を黒子に投げ与える。

「ん」

 黒子はそれを少しびっくりした顔をしながらキャッチして、火神を真正面から見据えた。

「バスケ弱い奴には興味はねぇ。が、それ一個分くらいは認めてやる」

「どうも」

 黒子は、僅かに表情を緩めるとハンバーガーの包みに手をやった。

 と、バッグを持って席を立っていた白美が戻ってきた。

「――火神くん? あながち、黒子に気が付かずに座ってしまったんだよね」

 自分の代わりに黒子の向いに座っている彼を見て、半ば無表情のまま首をかしげる。

「おう。その通りだよ、どうなってんだ、コイツ。最早日常生活に支障が出るレベルじゃねえのか?」

「昔からだからね」

「すみません、橙野くん。どうしようもなくて」

 黒子に謝られて、白美は首を小さく振った。
 それからハンバーガーに齧り付く火神の貌を無表情でじっと見て、それから机の上のハンバーガーの山をじっと見て、一言「よく食べるんだね、メタボにならないようにね」と呟く。

「はっ!? 毎日バスケしてんだから太る訳ねぇだろ。――つかさ」

 火神はそれを聞いて笑いながら言い返し、――ふと真顔になる。
 貌をじっと凝視されて、白美は僅かに首を傾げた。

(知れたとかじゃねえよな)
 
 ゴクリと喉を鳴らし、「何?」と尋ねる。

 しかし、火神の口から出てきた言葉は、有り難くも拍子抜けする内容だった。

「お前さ、冗談とかも言うのな。なんかこう、もっと真面目で堅いと思ってたら、以外と部活中も発言するし。意外」

 それを聞いて、黙りこむ黒子に対し白美は小さく頬を緩めた。

「『バカ言え、俺は元々結構喋る』」

「……みたいだな」

 白美の言葉に、火神は沈黙した後肩を震わせた。
 そして、ハンバーガーの山からまた一つを白美に投げ与える。

「くれるの?」

「おう、席取っちまったお詫びだ」

 そう言うと火神は、何も気にすることなくまたハンバーガーをがっつき始めた。
 白美は小さく溜息をつくと、その場で立ったままハンバーガーの包みを開きにかかった。

「――席、返してくれる気はないんだね、別にいいよ」

「悪ぃ」

「全然気にしないから」

 周りからしたら、そこには和やかな空気が流れているように見えただろう。実際、火神もそんな風に感じ取っていた。 
 だが、薄く微笑みながらハンバーガーを口に運ぶ白美を見る黒子の眼差しは、空気とは裏腹に決して明るいものではなかった。

「火神君」

「ん」

暫くして、ふと黒子が声をあげた。

「橙野くんはいいって言ってますけど、その量だとやっぱり食べるのに時間をとると思います。今晩はお持ち帰りしたらどうですか」

「え」

「別にいいのに……まぁ、そうしてくれた方が自分としてはありがたいわけなんだけれど」

 白美は申し訳なさそうな顔で言うと、ギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「怪我もあるし立ちっぱなしは少し」と付け加えた。
 その言葉に黒子は目を細めたが、火神は「あっ」と慌てて席を立つ。

「わっりぃ、しらが。全然、そんなの考えもしなかったわ」

「えっ、あっ、そ、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど――何か、ごめん」

 白美は火神の行動に、聞こえていたなんて予想外だ、とばかりに瞠目して視線を落としてみせた。
 すると火神は、「いいってことよ」とバッグを椅子の上に置き、その中にハンバーガーを押し込んだ。

「しゃあねぇ、家で食う」

「……」

 そして火神は、片付けを済ますと無言の黒子と申し訳なさそうに俯く白美に先駆けて、「かえっぞ」と店の出口に向かって歩き出した。





(Oh...)

*前 次#

backbookmark
16/136