03Q 4
空はすっかり青に染まっていたが、立ち並ぶビルやマンションのの看板や窓の明かり、街灯、行きかう車のヘッドライトの光に照らされて、路はかなり遠くまで望める程明るかった。
緑の鉄柵で車道と分け隔てられた広い歩道を、黒子、火神、そして白美が並んで歩く。
「なぁ、しらが」
「ん」
突然、声をかけられて白美は火神の顔を覗き込んだ。
「あのさ、俺、この前お前に悪ぃ事言っちまったと思ってよ」
火神は、二段眉毛を寄せて白美から目を逸らし、ポツリ、と言った。
「――なんのことだっけ」
「いや、俺、お前に『バスケできないんじゃ意味ないから、やめた方が良い』なんて言っちまったから。だけど暫くお前の部活の時とかの様子見てて、しらがはその、できなくてもいいからバスケと関わっていたい、上を目指したい、ってガチで思ってるってわかったし、今もまたバスケできるようになるために努力してんだろ」
言い終わると、数拍の沈黙。
火神は白美に何か良くないことを言われるではないかと冷や汗を流したが、その心配を押さえつけるように、白美は柔らかに微笑んでみせた。
「気にしてない」
「え、マジ? でも……」
「気にしてないって」
瞠目し再度言葉を続けようとした火神を、白美はそっと黙らせた。
「……」
「この話は、また、ね」
「お、おう」
火神は、白美の態度に少し引っかかりを感じた。やっぱり気にしていたのではないか、そう思って心配になったが、でも白美の表情はとても優しく火神の目に映っていた。やっぱり、気のせいだったろうか。もしかしたら、暗い話をしたくなかっただけかもしれないし、ひょっとして自分に謝らせたくなかったのかもしれない――火神は思った。
そして、また彼等は無言で道を歩きだす。
「キセキの世代ってのは、どんくらい強いんだ。俺が今やったら、どうなる」
また少し経ってにわかに火神が尋ねた質問に、無言で街並みを見ていた白美とシェイクをチビチビと飲んでいた黒子は、貌を上げた。
「瞬殺されます」
「死亡率100%の致命傷を負って――即死」
直ぐに帰って来た淡々とした答えに、火神はピキッと右頬を上げた。
白美にしては珍しいハッキリした物言いも、「お前は弱い」とストレートに言われているようで気に障った。
「もっと違う言い方ねぇのか!」
隣の黒子とその隣の白美に、ドスの聞いた声を浴びせる。
とはいえ、二人は顔色一つ変えないのだが。
「只でさえ天才の五人が今年、其々違う強豪校に進学しました」
「まず間違いなく、その中のどこかが頂点に立つ――」
(かもしれないねぇ)
コンビニの前の信号は、赤。
足を止めた二人の傍らで、火神はさも愉快だという様に笑い声をあげた。
「いいねぇ、火ぃ付くぜそういうの。決めた。そいつら全員ブッ倒して、日本一になってやる」
火神は、ワクワクして仕方がないと強気な笑顔で言う。黒子と白美はそれを聞いて一瞬だけ視線を交えてまた逸らした。
先に、口を開いたのは黒子。
「無理だと思います」
「んっ!? オイッ!!」
あっさり言われた火神は、さらにイラッとして黒子を怒鳴りつける。
胸倉をつかみかけた火神を、白美は咄嗟に止めた。
「落ち着いて、火神君。でも、潜在能力も含めるとしたらわからないけれど、今の完成度では彼らの足元にも到底及ばないと思う」
「なっ」
白美に真顔で言われ、火神はうっ、と貌を顰める。
けれど、「心配しないで」と白美に背中を叩かれて、火神は首を傾げた。
――信号が、青に変わる。
黒子が信号を渡り切ったその場から――暗がりから、明るい場所へと数歩動く。
「1人では無理です。――ボクも決めました。ボクは影だ。でも影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる」
過ぎていく眩しい車のヘッドライトが、黒子の貌に影をつくり、火神の顔を白く、まるで輝 いているかのように照らした。
白美が淡く微笑む横で、黒子は、決意表明をする。
「君と言う光の影として、僕は、君を日本一にする」
火神は黒子の言葉に少し瞠目し、直ぐに口角を大きく吊り上げて笑った。
眼に強い光が降りる。
「言うねぇ、勝手にしろよ」
それはつまり、同意だ。
「頑張ります」
黒子も小さく笑う。
二人の目標が合致して光と影のコンビが出来るのを見守っていた白美は、少し離れた暗がりで声をあげた。
「そうと決まったからには、マネージャーも忙しくなりますね」
何気なしに声を方向を見た黒子は、彼の貌を見た瞬間少しハッとした。それは火神も同様で、うっと息を詰まらせる。
「しらが……」
「橙野くん……」
自ずと声が漏れた。
――何故ならば、暗がりの白美の表情が、本当に苦しそうに、辛そうにみえたから。
(そっか――コイツは、俺達の傍でしか見守ることでしか戦えねぇから)
その表情の本当の意味を知らない火神は、白美が怪我によりバスケをできない不幸に同情し、「しらがのぶんも」と拳をキツく握りしめた。
一方、白美の表情の中に隠された本当の想いを知る黒子は黒子で、またその拳を握りしめる。
それに気が付いたからなのかは定かではないが、白美は次の瞬間には、眼に苦痛を宿したまま破顔していた。
「火神くん、黒子。自分は、誠凛のバスケ部を自分のできる限りで徹底的に支えるよ。下や後ろは、自分が引き受けるから。二人は、チームメイトたちがひたすら前進上昇できるように。――二人がそれを望むならば、キセキを打ち負かして、全国制覇を目指す事にも微力ながら力を貸すよ」
そう言って白美は暗がりから腕を伸ばし、握りこぶしを突き出した。
「――おう!」
「……はい」
火神と、彼の本音を知る黒子も、白美にならって拳を突き出した。
三つの拳が、ぶつかり合う。
今ここに、白美、火神、黒子はタッグを組んだ。
(その言葉は、きっと苦し紛れの偽りじゃないから)
「君の事を、信じています」
「……」
(――やっぱり君は俺の壁を、すり抜けちゃうんだね)
(I am scared of you)
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