03Q 2
 それから暫くして、仮入部生も続々と減り、本格的に本入部を希望する数人の仮入部生が残った。

 その日は強風が吹き、曇天からは雨が強く降り注いでいた。

[先輩、本日の部活ですが、雨で中止になったロードワークの代わりに、1年生に先輩方の力を教えるのと、1年生の力がどの程度か先輩方に把握して頂くのと。その為に手っ取り早くミニゲームというのはどうでしょうか]

 という白美のメールでの提案を発端に、誠凛バスケ部では早速、1年VS2年のミニゲームが行われることとなった。
 昨年、現在の2年生は部活創設1年目にして、1年生だけでIH予選決勝リーグまで残っている。
 仮入部員達は、普通ではないその成績に「勝てないだろ」とビビっていた。

――黒子と火神を除いて。

「ビビるところじゃねえ、相手は弱いより強い方が良いに決まってんだろ。行くぞ!」

 火神は、早速先陣を切って進みだした。

 白美とリコは、隣同士並びながら彼らの様子を見守っている。

「さぁて、ルーキーたちは何処までやれるかな?」

「見ていてください、リコ先輩」

「楽しみー」

 リコは白美に笑いかけると、ホイッスルを口にくわえてジャンプボールの位置についた。
 ピーッというホイッスル音が体育館内に響くと同時に、黄色(1年)と青(2年)がそれぞれ構え、1年は火神、2年は水戸部がボールを奪い合う。

 ボールを取ったのは、より高くとんだ火神だ。
 弾かれたボールを坊主頭の1年河原浩一がキャッチし、早速ゴール前に構える火神に向かってパスが送られる。
 先輩たちの伸ばす手をかいくぐるようにしてボールが手に届くなり、火神は力任せに荒々しいダンクを決めた。
 その勢いで二年が一人後方に倒れる。

「うわぁ〜、マジか今のダンク」

「すげぇ〜」

 一年が唖然とする脇で、リコも目をぱちくりさせていた。
 白美は、誰も見ていないのを良いことにフッと口角を上げて火神の姿を凝視する。

「少しばかりまだ幼いとは思いますが、中々だと思います。如何ですか?」

「う、うん……。想像以上だわ……、あんな荒削りのセンス任せのプレイで、この破壊力」

「まだまだ伸びしろは有り余っているでしょうし、結構な即戦力になると思うんです」

 白美が言う横で、シュートしたままリングからぶら下がっていた火神は、手を離すとスタッと軽やかに地面に着地する。

「とんでもねぇな、オイ」

 日向も、苦笑しながら額の汗を拭いた。

(即戦力どころか、マジ化け物だ)
 
 その後も、火神は次々と豪快なダンクを決め、気付けばスコアは11−8で1年が優勢。
 2年衆は息も絶え絶えだ。

「1年にここまで押されるとはな」

「つーか、火神だけでやってやがる」

 ところで火神が力任せにダンクを繰り返しているのは、他ならぬ黒子のせいだ。

(ッチ、逆なでされてしょうがねぇ……)

 スティールはされ、スピードにも遅れている。
 火神にとっては、ウザったい事限りない。

(意味深な事言ってた割に、そう役にもたちゃしねぇ。雑魚の癖に口だけ達者っつうのが、一番イラツクんだよっ!!)

 火神は、シュートされかかったボールを相手より更に高く飛び、弾きとばした。

「高っ!」、「もう火神とまんねぇ〜!」等と一年生は盛り上がる。

 しかしそれを前にして、二年衆の顔つきが少しばかり今までと変わったのを、白美は見逃さなかった。

「でも、先輩方はこの程度ではありませんよね」

「その通りよ」

 リコは白美の問いに笑顔で答えると、再び真剣な顔つきになってピッとホイッスルを鳴らした。
 再開された試合。

「そろそろ大人しくしてもらおうかな」

 日向の言葉のとおり、遂に二年生が動き出した。

 ボールを持った火神に、3人のDF。
 ボールを持っていなくても、2人。
 
 火神が動けずにいる間に、日向のボールがゴールに入り、また入り――、入る。
 火神は全く動けないまま、気が付けばスコアは15−31で2年リードに変貌していた。

 こうなっては歯が立たない。
 1年は「やっぱり強い」、「てゆーか、勝てるわけなかったし」と息も切れ切れで、2年達の強さに圧倒される。
 火神が動けなければ、話にならない――、それが1年の力の現状だった。
(但し、彼が居なければ)
 
 更には「もういいよ」と言った茶髪の1年降旗の胸倉を火神が掴み、怒鳴り散らす始末。
 黒子の膝カックンによって降旗は地面におろされたが、その黒子の動じない態度が、さらに火神の精神を逆なでした。

「単純なところは、俺から言わせてみれば――少し頂けませんが」

 白美ボソッと本音を漏らして眺める先で、火神は今も黒子をぎゃあぎゃあと攻撃中だ。

 と、その時伊月と小金井が「黒子って何時からいたっけ」と話を始めた。

「あ、審判の私も途中から黒子くん忘れてた」

 リコは、ハッとして苦々しげに白美に言う。
 そして、白美に「え?」と片眉をあげて返され、自分で愕然とした。

「あれ? マジで何時からだっけ??」

 白美は、動揺するリコを見て無表情の下、クスッと笑う。
 そう、黒子の影の薄さはまたある種の才能――それも、ホンモノの。
 白美は、リコの横顔をチラッと横目で見ると、静かに言う。

「後半戦、黒子の事もよく見ててください、先輩」

「え、う、うん……」




 後半戦開始後。
 体育館の外では、降っていた雨が何時の間にか止んでいた。

「すいません、適当にパスもらえませんか」

「は?」

 突如今まで全く行動に出ていなかった黒子が、背後にいた1年福田に一言告げた。
 福田はその場は首を傾げて受け流したが、その様子を見ていた白美は「いよいよ来るなぁ」と腹の底で呟いた。

「がんばれ、あと3分!」

 試合は進み、コート外から声がかかる。

「てか、貰っても何ができるんだよ。せめて取られんなよっ!」

 と、パスの投げ場所を失った福田が、ここで遂に黒子にボールをパスした。

「リコ先輩、きますよ」

「えっ?」

 隣から低い声をかけられ、リコが聞き返した次の瞬間。
――ボールは、いつの間にかゴール前の降旗の手の中におさめられていた。
 驚きつつも降旗はそのままシュートフォームに入り、2点が追加される。

「えっ、はいっ、ええ、今どうやってパス通った?」

 これには、しっかりディフェンスをしていた筈の二年達も驚くしかない。
 穴は無かったはずだ。自分たちは確実に守っていた筈なのに。

 なのに、何故。

 リコは、白美の「きますよ」という意味深な言葉を思い出し、感じる違和感に、もしやこれはとんでもないことが起きているのではないか、と目を疑った。
 その後も、白美が「ほら」とか、「はい」等と次々言い、その度に、パスが2年のDFをかいくぐるようにして1年生へ通る。
 反応する余裕なんてない、気が付いたらパスが通って決まっている――、そんな奇妙な状況だ。

 そこで、白美が隣のリコに向かって解説を始めた。

「黒子テツヤ。存在感の無さを利用して、パスの中継役となるプレイスタイルを執る。しかも、パスはパスでもボールに触っている時間が極端に短いのはわかりますよね」

 白美に言われ、リコは瞠目する。

「じゃあ、彼は元の影の薄さをもっと薄めたってこと!?」

「はい。――ミスディレクション。手品などに使われるテクニックをご存知ですか? それによって、ボール。即ち、自分以外に相手の意識を誘導する」

「つまり、彼は試合中影が薄いというより、もっと正確に表現すると、自分以外を見るように仕向けている!?」

 すんなり理解したリコに、白美はその通りです、と微笑みかけた。

「元帝光中のレギュラーで、パス回しに特化した見えない選手。それが、彼――黒子テツヤです」

 行きついた答えに、リコは脱帽するしかなかった。

「噂には聞いていたけれど、本当に実在するなんて! ――キセキの世代、幻の6マン!!!」

 気付けば、スコアは36−37、一本シュートが決まれば、1年の勝利だ。
 動向を固唾をのんで見守るリコの隣で、白美は薄い表情の中にもどこか満足げに笑っていた。

 そして、最後黒子がフリーで放って外したパスを、「だから弱ぇえ奴はムカツくんだよ!」と火神がキメた。

「ちゃんと決めろ、タコ」という火神の下で、黒子は、微かに微笑む。

 結果は、38−37で1年の勝利。
 火神――、そして、他でもない、黒子による円滑なチームプレイがもたらした結果だった。

「先輩。伊達にキセキの世代ではないというのも、おわかりいただけましたか?」

 至近距離から放たれる透明度100%の貴公子スマイルにリコが顔を赤くしたのは、また別のお話。



(He's ability)

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