23Q 3
「最後のタイムアウトか……、流れは今、誠凛だろう」

 正邦が見守る。

「秀徳が突き放すか、誠凛が追い縋るか、分かれ道のタイムアウトだ」

 笠松と黄瀬も、じっと見守る。

 観客達が真剣に見下ろすその場所で、選手たちはもっともっと真剣に自分たちの試合と向き合っていた。

 



 白美は、傍らからの伊月の声に意識を引き戻された。
 顔を上げると伊月は笑っていて、白美も頬を緩める。

「先輩」

「足、異変はないか?」

「え、あ、はい。大丈夫です」

 白美はにこっといつものように笑う。

「そうか」

 伊月は隣に空いたスペースに腰ををおろして、しかしそこで突然ため息をついた。

「先輩?」

 白美が不思議がって顔をよく覗き込めば、今度は「たまったもんじゃないよ」と肩を竦める。
 伊月はジト目を白美に向けた。

「橙野ー、お前、今もしかして滅茶苦茶テンション高い?」

「……へ?」

 予期せぬ問いに白美も思わぬ声が出た。

「なんだっけ、アレ。黒子のすげえパスの前のやつ。上手くいったからよかったけど、お前、あれ、失敗してたらファウルだぞ?」

「えっ、あ……、確かに、はい」

 伊月がどうやら説教をしているらしいとわかって、白美は背筋を正す。

「まあ確かに、成功したからよかったけど? なんていうの? やっぱり基本のPGってオレじゃん」

「はい、先輩です、ね?」

「なぁ、もしかしてお前って」

 唐突に伊月の声のトーンが下がる。
 白美はまさかと喉を鳴らした。

「俺のポジション狙ってる?」

 が、どうやら杞憂だったらしいとわかって、しかし伊月は何を言い出すのかと、白美は目を丸めて今日二度目の「ハァ!?」を繰り出す。

「まあそのつもりなら受けて立つけど?」

「いやいや、どうしてそうなるんですか」

「だって、悔しいけどぶっちゃけお前の方がスキル高いし。それで代わりのPGとしてあんななんかちょっと凄いことされちゃったら周りも実はお前が本命のPGなんじゃ、みたいな。お前実はそういうつもりで」

 あらぬ疑いだ、白美は慌てて否定する。

「まさかそんなわけないですよ! アレは、その」

 白美が眉を寄せて口ごもるのを見て、伊月はプッと吹き出すように笑った。

「ハハ、冗談だよ。嬉しかったんだよな、橙野は。その、『本物の勝負のバスケ』、できて。実際に試合で、プレーできて」

「……」

 破顔した伊月の言葉に、白美はハッと目を見張る。

「俺も監督もびっくりしたよ。お前がまさかあんな風に、って。お前、凄く楽しそうにしてたよ」

「楽しそうに」

「動きだって、いつもよりもっとすごくよかった。キレッキレで。アレでもまだ全力じゃないなんて、お前、流石キセキの世代だとか思った」

「キセキの世代、って」

 伊月はそこで、白美の肩に手を伸ばした。
 試合中みたいな真剣な顔をして、白美に言葉をかける。

「お前らのおかげで、今、秀徳に手が届こうとしてる。だけど、今からこそが正念場だ」
 
 伊月が僅かに視線を落とした。白美は、何を言われるかを察する。

「……、はい」

「お前にはまた、気持ちを抑え込んでもらうことになる」

「……」

「けど、これは譲れない。何より、お前のために。ここからは、オレに任せてくれ」

 伊月が放った言葉は、ともすれば白美にとって厳しいものだった。
 けれども肩に回ったその腕や手に籠った力だったり、そういう声であったり、横顔であったりは、白美が自ずから頷かざるを得ないものだった。

(伊月先輩……) 

 白美はどこかきょとんとした風に伊月の顔を見つめていたが、やがて綻んだように頬を緩める。

「……はい、俺のワガママを聞いてくださって、ありがとうございました」

 喉から出たのは、安心したような、穏やかな声だった。
 白美は先輩には敵わないなと内心降参しながら、伊月に微笑みかける。

 伊月は「よし」と白美の肩を確かめるようにつかみ直すと、腕を離してベンチから腰を上げた。
 
 そして白美は、一変、鋭い眼差しで伊月を仰ぐ。

「後は、お願いします」

「嗚呼、……俺の眼は誤魔化せないぞ、お前の気持ちは受け取った、俺に任せろ」


 
 
 

 
 
「え、先輩今のダジャレですか」




( I will fill in for you,)

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