23Q 2
誠凛は、秀徳を猛追していた。
高尾の鷹の眼がそのものとして機能しなくなって、黒子は縦横無尽にパスを通していく。そればかりか白美はとても本調子でないとは思えない身のこなしでコート上を駆けまわる。そして火神にはまだ息がある。
鷹の眼を持つ高尾の力を幾分か抑えたところで秀徳は強い。緑間もいる。けれども誠凛の1年3人を中心に築かれたこの奔流は、それだけの力を持っていた。
黒子のパスを受けた白美が、普段なら見られないようなえげつない躱しからの見事なシュートを決める。ついに二点というところまで差は縮まっていた。
どっと沸く会場にブザーが響いて、「秀徳高校、タイムアウトです!」と声が上がる。
「まさか、まさかここまで追い縋るとはな」
緑間は荒くなった息を整えながら、黒子の背に向けて声をかけた。
「……緑間くんは昔、ダンクを、二点しか取れないシュートと言っていました。君のスリーは、確かにすごいです」
「……」
「けどボクは、チームに勢いをつけたさっきのシュートも、点数以上に価値のあるものだと思います」
黒子は緑間を振り返って、ハッキリと言い切った。
その火神といえば誠凛の二年生達と共に、いい具合に集中を保った様子で休息を取っている。
「……」
緑間は睨むように黒子を見つめたまま、何も言わない。
黒子はそのまま、ベンチに向かって去ろうとする。
そこで黒子の背中を追った緑間は、ベンチで一人俯いている白美に気が付いた。
背を丸めて、開いた両足に肘をつき、髪を顔の前に垂らして、俯いたその姿。
昔の彼は、ベンチに行儀悪く腰かけて、にやにやといけ好かない笑みを浮かべていた。
チームメイトのアレコレを目以外笑ったまま指摘したり、稀ではあったが一見無邪気に破顔してプレーを褒めることだってあった。からかうような不真面目な冗談を言って、それでもチームのメンバーに気を配りながら、笑っていた。
毒気とか、憎悪みたいな負の強い感情を常に腹に抱えている男だった。
笑いながらも目だけはギラついていた。
けれどもベンチに座る彼は、決してあんな風には――。
(チームが変わっても、1人だけ変わらなかった奴が……、それを変えたのは)
緑間は白美の足に厳重に施されているテーピングを睨みつけるように見た。
「待て、黒子」
「……?」
呼び止めれば、黒子は不思議そうに振り返った。
緑間は自分から黒子に数歩近づくと、細まった目で黒子を見下ろす。
「橙野は」
「……」
「橙野は、本当に足を痛めているのか?」
緑間の問いに、黒子の目が小さく見開かれる。
射抜くような視線がそれを見逃すことはない。
「……俺たちは、見事に一本取られたというわけか」
緑間の確信めいた呟きを背にして、黒子は足早にベンチに戻った。
黒子があれ以上に心の内を表すことはないだろう、自分もベンチからすぐに声をかけられるに違いない、けれども緑間はその場に佇んだまま、白美の姿を見ていた。
白美はふと声をかけられて顔を上げる。相手の顔を見て、柔らかく微笑んでいた。
けれども緑間は、白美が顔をあげた瞬間の表情を見逃さなかった。
――「大丈夫です」。
そう言う白美の声がかろうじて聞こえた。
(どこがだ)
いつからだったろう、と思った。
いや、そもそもアレは自分で自覚しているのかも定かではない。
緑間の脳裏に、血を流して、顔をゆがめて、叫び悶えながら運ばれていったあの日の白美の姿が蘇る。
――高尾の話を、橙野の話を信じるならば。
緑間は、ゆっくりと目を見張った。
ベンチで微笑むその姿は、偽りでも演技でもなんでもない、ただの、橙野 白美だった。
(There was no such a thing as FRIGHT.)
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