02Q 4
 その日の帰り道、リコはバスに乗ってニコちゃんマークのヘッドホンで音楽を聞きながら、暗い街並みと自らを隔てる窓ガラスに反射する世界を眺めていた。

 初めて見た、何も見えない白美の肉体を思い出し、どこか沈んな気分になる。
 帝光一軍といったら、強豪も強豪の、そのまた更に猛者。キセキの世代の天才たち5人には及ばずとも、それに準ずる存在。
 それが強豪のバスケ部ならまだしも、まさか二年目バスケ部の目の前にハイ現れました、と言って、容易に信じることは難しいだろう。
 リコ自身も、最初は性質の悪い冗談か何かではないかと彼の事を疑っていた。

 フィジカルが見えなかった為に、身体的に信用することも叶わない。

 しかし、蓋を開けてみれば、何も見えないその肉体こそが、彼が本物である証だった。

――実力を、簡単に悟らせない。
 そもそも自分の目が、肉体をそのまま見て能力を感知できないというのがおかしい。
 
(何をどうしたかは知らないけど、彼は何らかの方法でワザと能力を隠した――。力はチームメイトにも明かさないってこと色々問題がある気もするけど、 少なくとも、考えなしの行為ではないってことよね。帝光、つくづく恐ろしいわね)

 それにあの、バスケに対する熱意というか、真っ直ぐな思い。なかなかのものだと思った。
 加えて彼には、黒子にも言えることだが、下手をしたら自分達を上回る程の強者の情報があるだろう。
 しかも今年は、勝利への道にはキセキの世代の天才達が必ず立ちはだかる。
 そこに同じ帝光1軍の知識があるものなら、それが強力な武器にならないことがあろうか。

(例え直接的な戦力にならなかったとしても。彼の思いや存在はきっと、強い盾となり矛となるはず)

 なんというか、彼みたいな選手が来てくれることになるとは。
 「故障」故に容易に喜べるものではないが、チームにとっては実に幸いではなかろうかと思った。
 いつか、彼が故障を過去のものとして選手として加わる日を思うと、胸が高揚した。

 そして次にリコは火神を思い浮かべる。
 潜在能力は本物の天才。身体的な伸び代だけでもまだまだ多いが、アメリカ仕込みのプレーは現場でも中々のものだろう。そしてそれは間違いなく、更に伸びる。
 カードゲームでいうならUR。帰ったら即父親に彼の話をしようと思った。

 最後に、あの、黒子という影の薄い仮入部員の身体能力のことが頭に浮かぶ。
 はっきり言って、異色も、異色。リコの顔は自ずと険しくなる。

(彼は何者なの? 能力値が低すぎる――、全ての能力が平均以下。しかも、既にほぼ限界値なんて。とても強豪校でレギュラーを取れる資質じゃない。彼は、一体――?)

 彼は白美の能力については多少語ったものの、自分のそれについては何も言わなかった。

(――早いうちに、確かめないとね)




 リコがバスで思案しているのとほぼ同時刻。
 部活を終えた白美は、黒子に並んで一緒に薄暗い道を歩いていた。
 目的地は、家でもマジバでもない。
 周りから見たら、二人は仲よく帰宅する友達同士だ。
 しかし、二人の間にはそれとはかけ離れた、二人にしかわからない、一瞬の余地も無い緊張の糸が張られていた。

 やがて、彼等が辿は白い街灯の照らす細い歩道を抜け、時間が時間故に全く以って人気のない公園に入った。
 その奥に見えるのは――バスケコート。

 ボールをつく音を遠耳に、二人は向かい合う。

「橙野くん」

「……?」

 先に静寂を破ったのは黒子だった。
 黒子にしては珍しい強い眼差しが、白美に鋭く送られる。

「橙野くん、どういうつもりですか」

 これは漠然とはしているが、ある意味ストレートな質問だ、と白美は思った。
 その問いに片眉を吊り上げ、無言で続きを促す。

「……」

 しかし、黒子は今度は黙り込んでしまった。
 意味ありげな眼だけが、ずっと絶えず送られてくる。
 
 黒子としては、彼に言いたいことは山ほどあったし、尋ねたいことも沢山あった。

 しかし、黒子は白美にそれを伝えることが、果たして本当に彼にとって良い事なのか、判断できずにいた。
 彼は良い意味でも悪い意味でも、掴めない見えない男で、自らを謎の中でまた謎にくるんでいるような、そういう男だと黒子は知っていた。
 ある程度見透かすことはできる。想定できる。でも。
 彼に下手に触れることは、今も昔も、間違いなく禁忌。

 だから、手も口も、出せない。
 そんな自分が彼の為にできることは、たった一つしかない。

 黒子は、彼の双眸をじっと覗き込み、一言を伝える。

「――僕は、橙野くんを信じています」

「アーレ、あそこでバスケしているのって、火神くーん?」

 白美は、黒子のその言葉をまるで無視して奥のコートに向かって歩き出す。

 黒子はそんな彼の姿に一瞬瞼を落すと、彼に続いて歩き出した。

 嗚呼、以前なら、彼はきっと自分を嗤っていたと思った。
 でも確かに彼は、変わった。

(今はそれでも、構いません。僕は、橙野くんを信じている)




(I believe in you)

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