20Q 7
「うおおおっ! 遂に止めた!」
「緑間を!」
白美の呟きに気付いたのは、リコと、黒子だけだった。
それに気付かないでいる他の誠凛ベンチの面々の表情は、火神のブロック成功により、ほんのりと明るくなる。
彼等の視線の先では、水戸部が全力でリバウンドを取りに跳躍していた。
けれどそう簡単にはいかない。
後から飛んだ大坪が、水戸部の手が届く前にボールを強引にリングに押し込んだ。
(そうだ! 秀徳にはまだコイツがいた! 東京屈指の大型センター、大坪泰介!)
尽く本当に強い相手だと、日向たちは歯を食いしばる。
まだ、彼を倒さなければ。
その様子を前に、リコは白美から仕方なしに意識を離した。
彼のことは後でいい、今はこの試合だと、顎に手をあてて監督としての思案を始める。
(黒子くんの代わりに、小金井&火神で緑間くんを止めるつもりだった。けど、これならむしろ――!)
コートでは日向から小金井にパスが回り、小金井がドリブルで大坪が守るゴールに迫った。
「させるかっ!」
流石大坪、放たれたボールを、高い跳躍により叩き落とす。
「うっくっ!」
ボールは小金井の元に戻り、小金井の腹部に食い込むと、横にそれた。
それを宮地はすかさず左に送り、ボールは一瞬で高尾の手に渡る。
だがオフェンスを組み立てようとコートを一望した高尾の目に、驚くべきものが飛び込んできた。
「なっ!」
日向と、水戸部につかれた、大坪。
(大坪さんに、ダブルチーム!?)
「っ!」
大坪は身動きがとれず、行きを詰まらせる。
「おっ、やるねえ」
これには、ベンチで頬杖をついて試合を見守っていた秀徳の監督も、感心した声を漏らした。
(先輩達、やるじゃん)
こっそりと試合を凝視する白美の口角も、より吊り上った。
「っ、こりゃあ、こっちかな!」
そうすれば自然と、高尾のボールは緑間へと渡る。
その瞬間、火神が反応したことには緑間も高尾も気が付かず、緑間はシュートフォームに入る。
(さっきより近いぶん、タメも短い! 今度は行ける!)
高尾も緑間も、今度こそ大丈夫だと半ば確信を以て決めにかかっていた。
――が。
(っ!?)
緑間の前方から、猛烈な勢いで走ってくる火神を見て、高尾はまたも衝撃を受けた。
「緑間ぁあ!!」
衝動的に、彼の名を叫ぶ。
――その緑間は、既に空中だ。
この時既に、白美、及び客席で静かに火神を見ていた黄瀬は、確信をしていた。
(片鱗はあった。俺とやった時の最後のアリウープ。キセキの世代と渡り合える力。そして、バスケにおいて最も大きな武器の1つ。アイツの秘められた才能、それはつまり――)
静かだが鋭い黄瀬の眼差しと、笑みを帯びた白美のそれの先で、火神は緑間の目の前に迫っていた。
バッシュが地面を大きく蹴り、火神の身体は一気に宙に昇る。
――「天賦の跳躍力」。
そして火神はついに、緑間の放ったボールを掌で完全に止めた。
ボールが、叩き落とされる。
一方は目を見開き、もう一方は鬼の形相をして地面に降りた。
「うわああ! すげえブロック!」
歓声がどっと沸く中、火神はすぐさま緑間から離れて次へと動く。
同時に、緑間や高尾が気を取られている隙をついて、飛び出した伊月が転がるボールを掻っ攫った。
「やっぱ、どんな凶悪な技にも欠点はあるか! もう1つあったな、弱点!」
(そうか。より遠くから打てるということは、ブロックされたら自陣のゴールはすぐそこ! 絶好のカウンターチャンスになる!)
流石伊月と同じPGだけある。笠松も「弱点」にすぐに気が付いた。
その通り、フリーになった伊月は笑顔で素早くカウンターをしかけ、早速2点を取った。
8:35、34-53。
誠凛の反撃に観客は一気に湧き上がる。
その最中で、火神は息を切らしながらも、両目をギラつかせながら、向かい来る秀徳のオフェンスに構えた。
(黒子や先輩達に頼るだけじゃ駄目だ!)
――自分が、自分が。
その圧力に、押されたのだろうか。
絶対的緑間のシュートが破られた矢先というのもあり、秀徳の面々の心の中に、焦燥感が巣食い始める。
「高尾! 寄越せ!」
大坪は、ボールを出す相手を考えていた高尾に、怒鳴り声を向けた。
「へ? ――っでも大坪さんには、ダブルが!!」
「構わん!」
表情と声に残されていた余裕は、高尾からも、大坪からも、すっかり消えていた。
良い傾向だと、白美はまた、フッと笑う。
高尾は言われた通り大坪にパスを出し、大坪はダブルチームをものともせず、「おおおおおおおおおおお!」と咆哮を上げて地面を蹴った。
水戸部と小金井も負けじと跳び、彼をブロックしようとするが、大坪の方が高くパワーもあった。
(そ、その2人だけが相手なら、お前のダンクは決まる。でも、タイガーを忘れてくれちゃあいけないねェ)
――強くなってやる。誰かに頼らなくても勝てるぐらいに! 俺1人でも勝てるくらいに!!
果たせるかな、離れた場所にいたにも関わらず、火神は猪突猛進にゴール下に駆けるとまた跳んだ。
今にもリングにボールを押し込もうとしていた大坪の手を、上から叩き落とす。
(――高い!?)
(しかも、速い!! 一瞬であの間をつめたのか!?)
これで秀徳は2連続で、火神に得点を阻まれた。
大坪も、緑間も、いよいよこれは不味いと、まじまじと火神を見る。
同時に、誠凛の面々も明らかな火神の成長に、圧倒されていた。
コート上で声をあげる者は誰も居ない。
対して、客席は大いに盛り上がる。
「なんなんだアイツは!」
そんな声がベンチからでも、ちらほらと聞こえた。
コートでは程無くして審判が動き、笛を鳴らして火神のファウルを告げる。
だが、火神にはそんなもの全く聞こえていない様子だった。
(勝つんだ! 俺1人でも――!)
変わらずに目をギラつかせて、息切れも気にかけず、勝利を渇望する。
その様子に、ここまで来れば予測は間もなく現実になると白美は確信していた。
「マジですげえよ火神! アイツがいれば――!」
白美の直ぐ傍で、福田が、笑顔で賞嘆の声を発する。
(でも、テッちゃんはそうは思わない……)
白美が視線だけ隣に向ければ、案の定、普段とは違う緊張をはらんだ横顔が見えた。
「そうでしょうか」
「――?」
「え?」
「このままだと、まずい気がします」
そう言った黒子の眼は、睨みつけでもするかのように、コートで構える火神の姿を捉えていた。
何がまずいのか、黒子と白美以外のメンバーはもちろんわからない。
だからリコが尋ねたが、黒子は無言だった。
直ぐに、ベンチの選手達は今までどおり試合を見守り選手達を応援しはじめる。
そんな中、白美は、黒子の言葉を心の内で静かに訂正した。
(――いや、いいんだよ。このままで)
(This is fine like this)
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