20Q 6
 火神によって今まさに希望が開かれようとしている傍ら、日向や伊月はじめとした2年生たちは必死でゲームに当たっていた。

 日向は受け取ったボールを、素早く3Pできめる。
 もう既に息切れもいいところだが、絶対に、勝ちたい。
 黒い目に決意を灯らせて、縋り付くようにプレイをする。

(集中力を切らすな……! 切らしたら終わりだ!!)

 その姿を見て、正邦の岩村は感心の表情をした。

「緑間程じゃねえが、ほんとよく入るなアイツ」

「俺らに止めくれた奴だしねえ」

 春日も、若干の悔しさが残った声で言う。

 けれど、それでも秀徳は変わらず、「獅子」として相手を噛み殺すつもりでいた。
 例え相手が誰であろうと、叩きのめす。

 それができるだけの精神力も、実力も備えている。

「御立派だねえ! けど、うちの緑間はもっと止まんねえよ!」

 高尾は、ラインの外からパスを出す相手を考えながら、笑って負けじと言った。
 誠凛は、他の4人はゾーンで、火神が緑間にマンツーマン――、ボックスワンの陣形で展開している。

 緑間と火神の間には、何としてでも抜こうとするものと何としてでも防ごうとする者の間の、短くも濃い駆け引きが成された。

 それでも流石は緑間といったところか、火神のディフェンスを突き放し、走ると高尾からパスを受ける。
 だが、シュートを放とうとしていた緑間は地面に踏みとどまった。

「そんなとこからマークつくのかよ!?」

 会場がざわめく中、果たして火神は鬼気迫る表情をして、緑間の前に構えていた。

「火神!」

 思わず伊月が声をあげる。

「オールコートでマンツーマン!? 根性あるぜアイツ!! まだあきらめてねえ!」

 火神の好プレイに、誠凛は終わりだと思っていた客たちの表情も、自然と明るくなっていた。
 それでも、黒子や日向等の誠凛の面々は、祈る気持ちの反面、彼のプレイに少しの不安を拭えなかった。

「確かに、どっからでも打てる緑間を封じるにはこれしかないが……」

 出来て欲しいと思う。
 だが、実際大丈夫なのかと、日向は身構えた。

 信じている。
 それでも、相手はあの緑間だ。



 けれど火神には、そんな雑念は全くなかった。

 相手のことは、どうでもよかった。
 ただ、強くならなければ、勝たなければ、という強烈な思いが、火神を前へ前へと突き出す。

(黄瀬との戦い、試合は確かに勝った。けど、それは黒子と白美がいたからだ。俺1人じゃ勝てなかった。それでも試合に勝てるならいい。けど、もし……)

――黒子と白美がいなかったら? 

 白美は戦術や戦略を、黒子は実戦を。
 海常戦、2人のアシストがあったからこそ、自分は黄瀬と戦えたのだということ。

 それは、同時に、自分が「弱い」ということ。

 雨の中、もっともっと強くなりたくて、悔しくて、1人屋外のコートでバスケをした。

(もしこの先、黒子のバスケが通用しない時が来たら? ――負けるのか?)

 その時も今も、思っていることは同じだ。
 火神は閉ざされていた目を、カッと見開く。

(イヤだ! 負けるのなんてまっぴらだ!)

――『わかってるよね、火神。本当にヤバいのは、黒子じゃない。お前だ。俺はお前なら、緑間を止められると信じてる。――お前が、緑間を倒すんだ。いいな?』

 白美の言葉が、脳内で響く。

 その通りだ。そうするんだ、いや、そうしなければいけない。

 白美の放った言葉は、火神が抱えている思いと交じり合い、いつの間にか「そうしたい」という願望ではなく、半ば守らねばならない「法」の様に、火神をどこまでも真っ直ぐ導いていた。

 しかし、対峙すること数秒。

「っ……!」

 緑間や黄瀬が、咄嗟に反応する。
 その先では、高尾が素早く判断し、火神のもとへ駆け出していた。

(無駄だぜ! 前半黒子と2人がかりでも止められなかったろ! しかも――)

 その隙を緑間は見過ごさない。
 火神のマークをドライブで切り抜ける。

 そしてそれと立ち替わるように、高尾が、すぐさま反応して動こうとした火神を足止めした。

「うおっ!」

「今は2対1だぜ!?」

 高尾は、火神を後ろから押さえながら、にやりと好戦的に言う。

 だが、火神の抱えた物の方が、高尾のスクリーンよりずっと強かった。

「それでも止める! 散々みせられたおかげで1つ見つけたぜ! てめえの弱点!」

 火神は怯むどころか更にアクセルを踏み込み、一瞬で高尾を抜き去る。

「――なっ!?」
 
 高尾は唖然とし、咄嗟に振り返ったが、もう火神は追いつけない距離まで離れてしまっていた。
 その先には――、シュートフォームに入った緑間がいる。
 なめらかだが、普通の3Pに比べてゆっくりとした動きだ。
 火神は、一心不乱に駆け、間もなくボールだけを追って地面を蹴った。

「距離が長い程! タメも長くなるってことだ――!」

 高く跳躍した火神は限界までボールに腕を伸ばした。
――その指先は、今度こそ、しっかりとボールに触れる。

(また触れただと――!? バカな!)

 先程のそれは偶発ではないのか、と。下降しながら、緑間は目を更にしてボールと火神を見上げた。

(確かに重いバスケットボールを20m以上放るだけでも普通あり得ねえ! 通常よりも遙かに長いタメが必要になる! ――けど、おいおい! 1度スクリーンでマーク外したのに!)

 火神の力は、高尾の想像を超えるところまでに達していた。

 ボールはゆっくりと上昇し、弧を描いて落下する。
 だがその動きは。

(この軌道! これは、まさか――!)

 同じ3Pシューターとして日向はボールを見上げてハッとする。

 それと同刻、ベンチで火神をじっと見ていた黒子は、隣の白美が俯きながらも、白髪の下でコートの様子を鋭く見ていることに気が付いた。

「――!」

 オレンジの目がスッと細められ、口元が静かに弧を描くのを見て、思わずつばを飲み込む。

 一方、グワンと大きな音を立ててボールはリングに当たり、勢いよく弾んだ。

「――おはよう」

 白美の呟きを聞いて、黒子は小さく息を呑んだ。

 そして、それを聞いたのは、白美の黒子とは反対隣りに座る、リコもだった。
 普段聞いたことのないような、低い、かといってどこか楽しそうな声に、思わず横を見る。
 それから、キラキラと光る白髪の向こうに見えたものに、自分の目を疑った。


( Good morning)

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