20Q 8
火神は、類を見ない跳躍力を以て、オフェンスでも秀徳を圧倒した。
ドリブルして向かう先の緑間を素早くかわし、ゴールに近づく。
「っ……!」
緑間は貌を歪め、試合中に格段に成長を続ける火神に、並みでない力を感じていた。
黄瀬や笠松も、その姿を静かに見下ろしながら内心は彼の成長に驚いていた。
(一体何なんだよ! コイツ!)
(ついこの前まで中坊だった奴に、うちが押されてるってのかよ!)
宮地と、木村も、彼を止めることができずに少なからず動揺する。
他の面々もそうだ。誰も、火神を止められない。
そうして火神はゴール前で1人、跳躍した。
ボールを片手に滞空する火神を、ゴール下の大坪は何もできず、ただただ口をあんぐりと開けて見上げるだけだ。
――圧倒的に、高い。
(全国でも見た事が無い……、なんだこの、常軌を逸した跳躍は!?)
この高さには、また、会場も大いに湧く。
「うわ、たっけえ――!」
「信じらんねえ!」
「1人で秀徳を圧倒してるぞ!」
歓声の中に、拍手すら聞こえるほどだ。
(お〜、これちょっと想像以上行くかも? すっげえなァ)
此処へ来て、火神の秘められた力の姿形をほぼ見ることができた白美も、心の中で思わず拍手をしていた。
しかも、まだまだ未熟な状態でコレだ――、才能の全貌はきっと。
それを想像するだけで笑みがこぼれた。
けれども、他の誠凛の面々は違った。
その先がどうの以前に、練習中でも見ることのなかった程の力を見せつけられ、今はもう歓喜や感嘆以前に言葉すら出せないでいた。
瞬きも口を閉じることも忘れ、ポカンと彼のプレイを見るだけだ。
但し、黒子だけは表情が違う。
背中を曲げて、口を一文字に結び、ジッと火神だけを追う。その睨むようだった眼は、今や僅かに細められ、どこか淀んでいた。
黒子が危惧していること、それは。
そうして、その危惧していることも今、彼の秘められた才能がヴェールを脱いだのに続いて姿を表そうとしていた。
「凄いな火神! ナイス火神!」
ディフェンスにつくのに、火神と並走しながら小金井が彼にねぎらいの言葉と笑顔を向けた時。
「――もっとガンガンボールくれねえッスか」
「え?」
火神は、小金井に顔を向けることもなく、1言それだけを返した。
「……っ」
いよいよまずいと、黒子は握りこぶしに力を込める。
けれども白美の笑みは、黒子とは対照的にどんどん深まっていた。
(さしずめ『俺が決めてやる』ってとこか……、フッ、その調子だよ)
一つ、また一つと、描いたシナリオ通りに試合が展開していく。
――今は、火神が、単独プレイを行うべき時間。
ずれた軌道は、もうすぐ黒子が手厳しく修正してくれるだろう。
(その息で、もっと秀徳を追い詰めてくれよなァ、タイガー)
そこまで行けば、いよいよ自分の出番だ。
白美は、左手首にはめられたオレンジのゴムを、軽く右手で弄び、また笑った。
★
火神の成長により、今や風下の座は秀徳に移ろっていた。
緑間も高尾も、そろそろ本格的に息が上がって肩を激しく上下させていた。
だが、それは火神とて同じこと。
さらに条件は同じどころか、2試合連続で出ている火神の方が明らかに悪いはずなのに。
その状況で、緑間は止められ、他の選手の攻撃も尽くブロックされる次第だ。
更に火神のオフェンスを止める方法は、これといって見つからない。
(信じらんねえぜ。まさか緑間を止めるなんて。いくらモーションに時間がかかるって弱点があっても、あの高い打点をはたくとか有り得ねえ!)
想像を遙かに超えてきた火神に対して、緑間も高尾もすっかり手詰まりだ。
(緑間を1度しめたくらいで調子ノンなよ! 刺すぞもう!)
それでも負けじと、宮地が強気でシュートにかかる。
だが、それを見た高尾は必死に叫び声をあげた。
「宮地さん! 駄目だ、その位置は――!」
けれど、高尾が言い切る前に、宮地の掲げたボールは後ろから火神に叩き落とされる。
(はぁッ――!?)
「うおおおっ! また止めた!」
「カウンターだ!」
有り得ないと唖然とする宮地に、聞こえる歓声が追い打ちをかける。
それとは対照的に、観客の声は誠凛を後押しし、俄然勢い付ける。
誠凛はカウンター攻撃をかなり得意とするチームだ。
日向は火神によって弾かれたボールをすぐさま手中に納めると、すぐさま速度のあるボールを放ち、相手2人の向こうに走り込んだ火神にパスをつないだ。
宮地と木村がすぐさまディフェンスに付くが、火神はそれを流れるような動作で交わし、高く跳躍してジャンプシュートを放つ。
負けじと木村も飛ぶが、最早火神と木村の間にはボール数個分の差があった。
更に、木村が落下し始めてもなお、火神の身体は上へ上へと向かっている。
(ふざけんな、いつまで跳んでんだテメエ! ワイヤーで上から釣ってんじゃねえのか!? しかも流れで跳んだのに、空中で立て直すボディバランス! 基本のジャンプシュート1つとっても、コイツが打つと――!)
放たれたボールは、見事にネットを揺らした。
静寂の中、遠く笛の音が聞こえる。
(最早ブロック不可能、無敵の必殺技だ!)
火神がシュートを決めた直後、会場は一瞬、シーンと静まった。
そこから、各所でざわめきが生まれ、それがさざ波のように広がっていく。
「うっわ〜」
「入った……」
「マジかよ、って、ことは――!」
1-35。47-58。
そして、会場は一気に大歓声に包まれた。
「うおおおおおおおおおおお! 一桁差!」
「この差ならわかんねえぞ!」
王者秀徳と、圧倒的な力を見せつけられながら、折れず、そればかりは遂にそれを覆さんとする誠凛。
――果たして、観客たちの大部分は最早、誠凛の味方についている。
(つってもま、火神のターンはそろそろ終わりだけどねェ)
ただでさえ消耗している火神が、ただでさえ消耗の激しいジャンプを繰り返している。
そもそも、火神は今なお発展途上だ。
充電で言うと、最早10%を切ったというところか。
とはいえ、火神1人が相手を圧倒するという図式は第3Q限りで終わるのだから、別段構うべきことでもないのだが。
条件は、もう余るほど揃った。
(あとは、俺達のターンだ)
白美は、顔から笑みをサッと消すと、コート上を睨むように見据える。
自分の選択がいかに残酷かは自分でもわかっていた。
それでも。
(皆が『勝ちたい』って言うんなら、俺が先導でも後押しでもしてやる)
――せめて、そのくらいは。
(bloom and tiger )
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