18Q 4
試合が始まった。
白美は、微笑みながら、構えたビデオカメラ越しにコートを見渡す。
そうすれば、突然だった。
全身を、不意に世界と切り離されたような不思議な感覚が包む。
響く声が、バッシュの音が、近いのに触れられない場所に遠のいていくようで、白美はハッと意図せずに目を見開く。
その感覚の正体を、探る。
★
普段目を逸らしているだけで、頭の隅で気づいてはいた。
――自分を飾る、偽りの怪我、偽りの髪の色、偽りの人格、偽りの表情、偽りの声音、偽りの過去、偽りの矜持、偽りの誠意、偽りの信念、偽りのプレイスタイル。
更にこの試合に臨む為に、虚飾の上に、また、いくつもの嘘をついた。芝居をした。
そして、それらの偽りに、彼等は皆、知らず知らずのうちに騙される。騙され、操られる。
――高尾、そして、あの緑間も。
いとも簡単に、それが出来てしまう自分自身に、何故かうすら寒いものを感じている事実。
それは、知らない感情。
――何より、チームメイトを。
先輩達が、俺を信頼してくれていることはわかってる。
何故なら、そうされるように振舞っているから。
火神が、俺に尊敬に近い感情を抱いていることは知ってる。
何故なら、そうなるように魅せつけて、突き放したから。
だが、本当の、信頼とは。尊敬とは。そんな風に成り立つものであってはならないのではないかと。意図してつくった絆など、俺が何者か明らかになれば、簡単に崩れてしまうものではないかのかと。
いや、それでも俺の側から見てみると、俺は確かに信頼や信用に近い感情を先輩達に抱いているから。例えそうなっても、一方通行な思いはなんとか残る。
その先に待つのは一か八かの賭けだが、そこにはまだ希望がある。
否、そう上手く行くとは限らない――俺が、俺自身の感情に疎いことは気付いている。
この感情が、もし、俺が無意識に作り出した「虚構」だとしたら。
――この試合を勝ち抜き、日常に戻る頃には、きっと、彼等の心にまかれた自分への疑念の種が、芽を出して背を伸ばしている。
そうして順当にこの試合に勝ったとして、俺達は、青峰とやりあうことになるだろう。
来るべき試合で何が起こるかなんてことは、既にこの目に見えている。
――だがもしそこで、この計画の、この絆の、全てが崩れてしまったとしたら。
それは、まごう事なき己の、「敗北」を示す。
そしてその時、自分を下すのは、「トリックスター」である俺自身だ。
否、「トリックスター」ならぬ、「愚か者」だ。
――嗚呼、この感情は、「不安」、それとも「恐怖」か。
さらに言えば、この感情がもし本物だったとすれば、そこに「罪悪感」というものも混じっているのだろう。
それはそれとして、新たに踏み出してからの過去が、今が、望む未来が崩れることすら、こんなにも受け入れがたいとは。
――バスケを失う「可能性」にすら、こんなにも恐ろしさを感じるとは。
そしてまた、気付かぬうちに嘲笑している俺がいる。
試合中に、こんな風に思考の海に溺れかけてしまうとは、本当に余裕も無いらしい。
――嗚呼、愚かしい事だ。
どうなったところで、全ては俺の言動が招いたことで、俺のせいだろう。
自業自得、自主自爆、身から出た錆び、自分でまいた種。
全てを受け止める、覚悟はした。している。
――だったら。
今はするべきことは何だ。
答えはただ一つ。
――誠凛高校の、勝利の為に。
勝利を欲するならば、非情にならなければいけない。
敵にも、味方にも、何より、自分に対して。
その為には、一時の昂揚感に、己の力に、身を任せてしまえばいい。
そうすれば、俺の頭は、非情にも小さな嘘を偽りを紡ぐ。
それらは勝利を形作るプロセスになり成分になるから。
☆
「これが俺のやり方だ……」
口角を吊り上げ、自分をまた、殺した。
意識を戻した先のコートでは、決まった緑間の3Pを、丁度黒子がイグナイトでやり返したところだった。
(If you crave victory, then become less compassionate)
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