18Q 5
 試合が開始され、互いに無得点のまま2分。
 そんな中、緑間の3Pシュートが決まる。

 先取点は秀徳、流れも秀徳に向いたかと思われた。

 しかし、黒子がイグナイトパスでコートの端から端までボールを送ったことで、誠凛も2点を取り返す。

「おおおお!」

「一瞬でやり返したぞ!!」

 衝撃の早業に、客席は大いに沸いた。
 笠松や黄瀬も目を丸め、やられた秀徳側も驚きを隠せないでいる。

 驚いていたのは、誠凛側とて同じだった。

「な……」

「なんなんだよ今の!」

「コートの端から端まで、ぶった切ったぞ!」

 驚くベンチの面々に、今回白美が解説をすることはなかった。
 白美は無表情で、対する緑間や高尾の表情を観察する。

「ッ……、黒子ッ……!」

「すみません、そう簡単に第1Qを取られると、困ります」

 真顔で言い返す黒子を背後に捉えながら、「あんなパスもあんのかよ……」と高尾も驚きを隠せないでいた。

 彼等同様、誠凛の面々も初めて見るパス。
 ただ、そのおかげで流れはまだ変わっていないと言える。
 
 勝負はこれからだ。

 そして、黒子はいち早く位置についてイグナイトをちらつかせることで、緑間の長距離シュートを防ぐことに成功する。

 緑間は、火神と対峙しながらもシュートフォームに入り、そして黒子に気が付き、貌を強張らせると咄嗟にパスを回した。

「緑間っち、今は自分でうとうと思えば行けたんじゃ……!」

 客席では、黄瀬が不思議そうに口にする。
 すると、なるほどね、と笠松が呟いた。

「え?」

――見失う程影が薄いというだけでもビックリ。だがその上に、さらに緑間封じにすらなる。

 黒子は、相手の監督を悩ますほどの存在。

 それを笠松から聞いた黄瀬は、きょとんとした顔で席から腰を浮かせ、目の前のバーから身を乗り出した。

「緑間っちが、封じられてる……?」

「あの少年の、回転式長距離パスでな。緑間のシュートはその長い滞空時間中にディフェンスに戻り、速攻を防ぐメリットもある。だが、全員戻るわけじゃねえ。万一外したときの為に、残りはリバウンドに備えてる。其の滞空時間があだになる。緑間が戻れるってことは、火神も走れるってことだ。戻った緑間の更に後ろまで貫通する、超速攻がカウンターで来る。だから、緑間は打てない。にしても――」

(――そのパスを魅せつけるタイミングと判断力、一発で成功させる度胸。やっぱテッちゃんは俺らと帝光にいただけはあるねェ……、百戦錬磨だ)

――だが、それで黙っている秀徳ではあるまい。

 白美は、コート全体をその眼におさめる高尾を、じっと凝視した。

 秀徳、1年PG、高尾和成。

 彼は早々にボールを貰い受けると、ドリブルしながらコートを観察し、攻め方を脳内で構築する。

(ふん、あんなのでウチが抑えられるとか思われちゃ困るなぁ……)

 薄らと口角を吊り上げて、高尾は誠凛のディフェンスをドライブで切り抜けた。
 その先で高尾を足止めする水戸部を諸共せず、ボールを背中から、自身の横を動く大坪に回す。

「っ……!」

 誠凛が反応する頃には、もうボールは大坪の手からリングへと放たれていた。
 秀徳が2点を返す。

(本当に良い眼をしてるなァ……)

 しかし負けじと、間髪入れずに黒子もミスディレクションでパスを捌き、水戸部が2点を取り返した。

 そこで白美は、前傾姿勢になり、隣の秀徳側のベンチの端に座る監督を横目で見る。薄く目を開き、頬杖をついて何やら思案している様子だ。

(さて……、そろそろくるかなァ?)

 果たせるかな、その矢先に彼はコートに指示を出した。

「おーい、高尾、木村、マークチェンジ。高尾、10番に付け」

「黒子のマーク?」

 その指示を間近で聞いていた日向は、どういうことだと眉間に皺を寄せる。

「誰がついても一緒だろ?」

「見失う程影薄いんだぜ……?」

 誠凛ベンチの面々も、疑問の声をあげるこの采配。

(いきなり直接的な形にしてきたわね……どういうつもり?)

 リコも、目を凝らしながら、考える。

 そこで、ベンチでだんまりを決め込んでいた白美が、どこか伏せ目がちに、視線を傍らの秀徳ベンチに向けた。
 髪を掻き上げて真顔で口を開く。

「彼には、『見えている』――、そうですよね? 『マー坊』監督?」

 その途端、更に疑問符を浮かべた誠凛の面々に対し、秀徳の面子と、何より名指しされた彼――監督である中谷は、ハッと驚いた反応をした。

 彼等の視線が十分に集まったことを確認したうえで、白美は小さく口角を上げる。
 普段の優しげで穏やかな微笑みではない。
 ニヤリ、どちらかといえば『トリックスター』のそれの破片を含んだ笑みだ。

 つ、と目を細めてこちらを見極めようとして来る彼等に構うことなく、言葉を続ける。

「こうしてビデオカメラで、彼の動きは最初から撮らせて貰っていますよ。むしろ、その指示を早速だしてくださって、こちらとしてはありがたいくらいです。――その程度の問題なんて、簡単に対処できる……、楽しみにしていてください」

「ほう……」

 そうして白美は、秀徳や誠凛側の面々の物言いたげな素振りを無視して、真顔で試合撮影に戻る。

「え、ちょっと、今のどういうこと……?」

 不安げに尋ねてくるリコに、白美は、短く「見ていればわかりますよ」と言ったっきりだった。

 そして、コートから自分をじっと見つめてくる二対の瞳に向かって、微かに口角をあげた。

(They're experts)

*前 次#

backbookmark
103/136