17Q 5
白美が抜け、喋り声も落ち着き、今はすこし静かな控室。
黒子は、先程からすっかり眠っている火神を一瞥してから、白美の去り際の笑顔にガクブルしながらもトイレに行くために部屋を出た。
バナナを追加で食べ終えた小金井も一緒だ。
2人、並んで静かに歩く。
黒子が、トイレから出てくる白美の姿を見つけたのはその時だった。
だが、「橙野くん、トイレに行ってたんですね」程度に、声をかけようと思ったのは一瞬のこと。
小金井はそもそも白美の存在に気付いていないようでそのまま歩いて行ったが、黒子は白美の表情を見た瞬間、ハッと息を呑んで思わず足を止めてしまった。
白美は、黒子から数メートル離れた場所で、普段の橙野 白美の振る舞いから外れた所作――背中をまげ、ポケットに手を突っ込み、俯いて――で一歩、また一歩とゆっくり前に進む。
そして、ゆったりとした足の動きも更に遅くなり、ついに彼はその場で長い髪を垂らして立ち止まった。
(橙野、くん……?)
普段の、彼ではない。だが、過去の彼とも違う。
何より、眼が、違う。
そして、黒子は彼がその目を伏せるのを見た。
「――なーんて、ね……」
まばらに行き交う選手や関係者の喋り声、足音に交じってぼそりと聞こえた声は淡く掠れていて、今にも消えそうなくらいに弱弱しいもので。黒子は、パチ、と大きく瞬きをする。
一拍置いて白美はまた眼を開くと、フッと口角をあげた。
彼に、何かあると直ぐに口角をあげる癖があることは勿論知っていた。
だがその笑いは黒子が1度を除いて見た事のないもので、黒子を大きく戸惑わせた。同時に、動揺させた。
――自嘲の笑み程、彼にそぐわない表情はないのに。
確かに彼は今、自分自身を嘲った。
そして表情から、眼差しからして、恐らく無自覚。
みてはいけないものを、みている感覚だった。そして、同時に強い既視感を憶えた。
――あの時と、同じだ。
彼が、自身の存在に気が付いていないという現状も、同じ。
黒子自身が駆け寄って、声をかけたい衝動にかられているのも、同じ。
でも、黒子は、また彼がそれを許さないだろうという事実を思い出し、踏みとどまる。
橙野 白美という人間は、誰よりも理解者を求めている癖に、いざ踏み込まれることを嫌う。
恐れている。
これ以上近づけば、間違いなく拒絶されるだろう。同時に、彼自身がどうなるかわからない。
自分や皆と白美の間には、昔も今もどうしようもならないような分厚く不透明な壁があって、なるほど、それは今でもやはり変わっていないのだと、黒子は再認識させられた。
同時に、強い虚しさと悔しさを感じて、拳を握りしめる。
「僕は、君を信じています。――橙野くん」
そう、今の自分にできることは、彼をひたすら信じることだけ。
彼がいつか、自分に、自分たちに彼のいる場所へ踏み込むことを許すその時まで。
黒子は、再び歩き出した白美の背中を見送ると、小金井を追ってトイレに向かって急いだ。
(君が、その孤独から抜け出せますように。……例え、その日が永遠に来ないとしても)
(eternity)
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